[2]北斗・吉宗の2大巨頭に挑むため [2015/4/6(月)] |
「弁慶と小町は馬鹿だなぁ・・・かかぁ・・・」という川柳がございます。
“武蔵坊弁慶と小野小町はそれぞれ女と男を知らずに死んだのはなんとももったいないことだなぁ”ということを詠んだ川柳であります。
その川柳をベースに、落語の演目「明烏」が始まります・・・。
「明烏」とは・・・
堅物で物知らずの若旦那を、町の札付きの二人が「お宮参り」とだまして「吉原」へ連れて行く。
何をみせても何をしてもばれなかったが、さすがに花魁(おいらん)を目の前にして初めて吉原と気づく。
お参りではなく女郎遊びだと気付いた若旦那は、慌てて吉原から出て行こうとするが、
「3人で来たものが急に1人で帰るのは怪しいと言われ、出口で袋叩きにあうぞ!」
とおどされ(もちろん嘘である)、泣く泣く一夜を花魁と共にすることになる。
すると、翌朝花魁の手練手管に翻弄され、すっかり骨抜きにされた若旦那。
連れてきた2人も呆れ顔…。
面白くない2人は、若旦那をおいて帰ろうとしたところへ若旦那が一言。
「帰れるものなら帰ってごらんなさい。 出口で袋叩きにあいますよ。」
性産業も多様化した今、2次元3次元問わず、女も男も知らない人は少ないかと思いますが、わたくしは男でございますから、女性の気持ちってものはなかなかにわからないものです。
しかし、男って生き物はなかなかに単純な生き物でございまして…。
「この女の為なら!」という大義名分があれば、結構な無茶をする生き物でございますな。
そこの殿方。
若気の至りとはいえ、身に覚えはございませんか?
古くは、アダムだってイブにそそのかされて禁断の果実に手を出したりしたものです。
別に、恥ずかしがるこたぁございません。
「アダムとイブ」の時代から考えたらずいぶん最近の話になりますが、その昔「ベンジャミン・シーゲル」という男がおりました。
その男は、当時まっさらな砂漠の地に一大アミューズメント施設を作った男でございます。
「砂漠の地にアミューズメント」でピンッときたそこのお方。
お察しがいいですな。
そうです。
ラスベガスを作った男でございます。
その男が、何もない不毛の地にラスベガスを作ったきっかけになったのが・・・
「こんな何にもない土地にネオン輝く街が出来たら素敵ね」
と、当時愛した女に言われたからという都市伝説めいたお話があります。
こういう逸話を聞くと、「女はいつでも男の動機」なんて言葉もまんざらでもないなと思うわけです。
もちろん、そう出来るだけの「金」や「権力」、そして「行動力」がないと出来ないわけで、誰にでもできることではないのですが、日本にも似たようなお話がございます。
ええ、このぱちんこ・パチスロ業界にもそんなウソのようなマコトな話がございます。
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