[1]遊技人口回復を検証する [2015/7/27(月)] |
皆様、ご質問メールを送付いただき誠にありがとうございます。
春川亭三七です。
兄弟子の2番煎じ感は否めませんが、わたくしとしては、業界に興味を持っていただくことが最優先。
なにを打って勝ったとか、
どこそこの地域はアツいとか、
攻略要素の検証とか、
そういうところをきっちり伝えるポジションにわたくしはいません。
パチスロというアミューズメントが楽しいという事を伝えるには、わたくしの技術やパチスロに対する向き合い方では未熟が過ぎます。
でも、アミューズメント事業として業界のなかを伝えるという熱意は、連載枠をいただいたときから、変わらず、持ち続けている所存です。
今後も是非ともご愛顧のほどよろしくお願いいたします。
さて、それでは、本題。
本日のテーマは
「遊技人口回復」についてです。
ここのところ前向きな話が少なかった中で、久しぶりに飛び込んできた「遊技人口回復」の吉報。
1000万人割れからの、180万人もの回復に至った要因などを、過去の事例と比較しながら今回の人口増加の意義を検証してみたいと思います。
【これまでの人口推移】
「1985年〜1998年」
レジャー白書において、遊技人口の調査・報告がされ始めたのが1985年。
報告当初は
約3000万人いた遊技人口が、1996年を境に減少の一途をたどります。
娯楽として選ばれてきたぱちんこ・パチスロが、1996年にレジャーに「選ばれにくく」なってきました。
では、その1996年には何が起きたのでしょう?
当時、人口減少に影響を与えた事案を列挙すると・・・。
●モーニングの禁止
●CR機の確変ループ回数について規制強化
●CR機プリペイドカードの偽造問題
当時はパチスロに関してはまだ「草創期」。
爆発的な出玉獲得は、ほぼぱちんこに集約されていました。
ただし、パチスロが「技術介入機」として認知され始めたのもこの時期です。
ぱちんこよりパチスロに興味が移るきっかけとなったのが「クランキーコンドル」。
この機種の技術介入性や出目に魅せられ、ホールの扉をくぐる若者が当時たくさんいたのではないでしょうか?
わたくしは当時中学生だったので、減少のネガティブインパクトとなった「モーニング」については、年上の方にその「恩恵」について聞く程度でしたが、「プリペイドカード」の偽造問題はニュースなんかでも取り上げられていて、社会問題になっていたような記憶があります。
たしか、同時期に「テレフォンカード」の偽造問題もあったかと思うので、憶えている方も多いのではないでしょうか?
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