[2]遊技人口回復を検証する [2015/7/27(月)] |
「1999〜2002年」
この減少の波がひとまず収まるのが1999年ごろ。
1860万人を境に、減少から一転。
増加傾向に移ります。
その主な要因が、
●確変1回ループのぱちんこの普及
●CT機・大量獲得機の登場・普及
●AT機登場→爆裂AT機の普及
●ST機の登場・普及
ぱちんこの遊技性については、「CR機」の普及から大きな変化は見られていません。
液晶が搭載され、遊技の結果に対する視認性は向上しましたが、遊技性については画一的になり、爆発的な人気を博す機械は「海物語」シリーズに限られていた時期かと思います。
当時はわたくしも、海ばかり打っていたような気がしています。
ホールにしても、あからさまに「海シリーズ」に力を入れていたようで、本当に「ぐるんぐるん」回る海物語がいたるところにあったかと思います。
ぱちんこ離れの影響とコンドルの普及で、じわりじわり増やしてきたパチスロの遊技人口が、CT機の登場からAT機・ST機の普及で、ぱちんこからパチスロに遊技人口の比重は上がっていくことになります。
ここで調子に乗ってしまった業界が悪いのですが、あまりに一撃性の高いパチスロばかりが登場することになり、「爆裂機規制」がかかります。
そして、
2003年に400万人近い遊技人口を減らすことになりました。
「2003〜2006年」
2003年に大きく遊技人口を減らしたものの、この年から2006年までしばらく
1700万人余りで遊技人口は推移していきます。
その最たる要因が、
4号機吉宗・4号機北斗の拳の2強時代。
当時は吉宗と北斗だけのスロット専門店があったりとか、吉宗や北斗を特集しただけの攻略誌が発売されて大ヒットとか、とにかくその業界的貢献度は異常に高かったと記憶しております。
吉宗に関して言えば、販売台数において、ニューパルを抜き24万台を販売し、一時的にですが、中古機価格が200万円を超える現象も起きたほど。
北斗の拳に関しても、ギネス申請までしたほどの販売成績で、最終的に60万台を越える販売台数を記録しました。
この時期はとにかく、この2機種の人気と設置量が半端じゃなかった。
街を歩いても、北斗と吉宗ののぼりばかり見かけることが多かったですから。
さらに、メディアミックスという意味では吉宗はテレビアニメ化までされ、その影響力は多岐に及びました。
多分、パチスロスタートからのテレビアニメ化は初めての事だったのではないでしょうか?
北斗に関しても、パチスロの普及から他のコンテンツ・アニメDVDや漫画の販売数が増加し、その販売量の影響力の高さを見せつける格好となりました。
しかし、人気の高さもさることながら、社会問題性もクローズアップされます。
AT爆裂機から始まった「射幸性」の高さがST機になっただけと判断され、「みなし機」撤去問題に発展し、ST機全面撤廃の流れになってしまいました。
そして、2007年にそれまで販売可能だった4号機仕様が販売不可になり、「完全5号機時代」に移行します。
「2007〜2010年」
2007年には4号機の完全廃止にて、
2006年の1660万人から200万人ほどを減らした遊技人口を底打ちとして、以下のような理由から、
2010年まで右肩上がりに成功します。
●パチスロエヴァンゲリオン・アイムジャグラーの普及
●ゲーム性の多様性(Aタイプ、ART特化タイプ、A+ART)
この辺になってくると、つい最近の事のように感じますが、もう5〜8年も前のことになるのですね。
時の経つのは早いですな。
5号機になり、出玉スピードは落ちるものの遊技性の「幅」を広げたことにより、遊技参加者を増やすことに成功します。
「2011年〜現在」
しかし、2011年に未曾有の大災害により、「それどころではない」ということも相まって、
遊技人口を400万人減らすことになりました。
歴史を紐解いても、戦後の復旧において娯楽は二の次、三の次でしたし、メーカーも開発は進めるものの販売を自粛する傾向にありました。
その結果としての遊技人口減少は致し方のないこと。
しかし、業界は自ら自分の首を絞めることとなりました。
それが、
●AT特化機種の普及
です。
ST機の全面撤廃後の5号機当初。
その遊技性の幅からせっかく遊技人口を回復させたのに、AT特化ばかりが販売されることになった結果、じわじわ遊技人口を減らし、
2013年にはとうとう1000万人を割る970万人と相成りました。
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