そのホールに向かう時、園長は必ずラークを2箱買っていく。
なぜ園長がそうするのか、その本当の理由を理解するには、あの頃の私は子供すぎた。
ただ、軍団のリーダーである園長がそうするから、それだけの理由で私もタバコの自動販売機に千円札を入れるのだった。
<馬券師の穴造さん>
これは、私がまだ二十歳そこそこの若造だった頃の事。
私がいわゆる「軍団」に所属してパチスロを打っていた時の一コマである。
私の家から2駅離れたところにあるそのホールに、穴造さんと呼ばれる男がいた。
歳は40代半ばといったところだろうか。
スキンヘッドで小太りの出で立ちは、どことなくヤクザ者を連想させる。
そんな穴造さんを見かける度に園長がラークを2箱手渡すのだから、はじめはこれが、このホールで打たせてもらう為の上納金なのだと思っていた。
「おい、にいちゃん」
そんなある日、私が一人でホールを歩いていた時だった。
不意に右腕を掴まれ振り向くと、そこには例のヤクザ者の姿があったのだ。
「この台打たんね?」
そう言って指差すデータ表示機の数字は「1574」。
4号機ストック機である初代吉宗の天井である1921Gまで、あと僅かである。
「この店のカウンターはREGだとリセットされない…… 何かの罠か?」
あまりにも怪しすぎる誘いに、私は不信感を抱かずにはいられなかった。
とはいえ、このヤクザ者の申し出を無下にするのも勇気がいる。
どうしたものかと悩んだものの、答えが見つかるはずもない。
私は言われるがまま、ヤクザ者の勧める台に着席した。
「もうすぐ天井じゃないですか。 何かこの後用事でもあるんですか?」
私の問いに首を横に振ると、ヤクザ者は隣の台のサンドに千円札を投入した。
そして、私の台が天井を迎え、ボーナスを引き、そして連チャンが終わるまでの一部始終を隣の台で見届けるのであった。
「どうしてこっちの台を譲ってくれたんですか?」
私がそう尋ねると、ヤクザ者はガハハと笑ってこう言った。
「わしは競馬で稼いでるからええんじゃ。 スロットまで勝ったらバチが当たるわ」
大穴狙いで高配当を的中させる、だから人には穴造さんと呼ばれているとヤクザ者は自分自身について語った。
<後日>
この日も園長は、ラークを2箱手にしてホールに入る。
「この前はうちの若いのが世話になったみたいで」
私を連れて穴造さんの元に向かうと、園長はそう挨拶してタバコを手渡した。
「いいから、いいから。 それよりこの台どうだ?」
穴造さんは中段チェリーを引き、ラオウステージに移行したばかりの自分の台を指差した。
当たり台欲しさにタバコを差し入れた、そう思われるのもバツが悪い。
それはさすがにもらえないと言って、園長は固辞するだろうと私は思った。
だが、そんな私の予想に反し、園長はアッサリと台を譲り受け、そのままバトルボーナスに当選した。
穴造さんも隣の台を打ちながら、その様子を満足そうに眺めている。
「本当にいいんですか?」
私は園長を待つ間に穴造さんに尋ねた。
その後も、何度もこのやりとりを繰り返す事になるのだが、穴造さんの答えはいつも決まってこうだった。
「先週のエリ女(競馬のレースの名前)で当てたからいいんだよ」
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