<半年後>
この日も園長はホールに向かう途中でラークを買った。
今にして思えば、なぜかこのホールに行く時はいつも園長と私は二人っきり。
しかも、このホールには設定狙いで座れるような台はほとんど存在しなかった。
ある時、私はずっと疑問に思っていた事を園長にぶつけてみた。
「穴造さんってすごいお金持ちですよね。 僕らがラークを差し入れる意味ってあるんですかね?」
もちろん、感謝の気持ちや礼儀を形で示す事は大切だ。
だが、それが穴造さんにとってどれだけの意味があるのだろうか。
今まで穴造さんに譲ってもらった台で稼いだ金額を思えば、わずかなタバコ代が惜しいというわけではない。
ただ、穴造さんにとってのタバコ2箱800円が持つ価値を考えた時に、ついそんな事を思ってしまったのだ。
「そう思っているうちは、まだまだ世の中のわかっていないひよっこだって事だよ」
園長は意味深に笑うと、私の帽子をポンと叩いた。
私はむすっとして押し黙るしかなかった。
この時の私には、穴造さんの履く靴の値段も、その時計がROLEXの偽物である事もわからなかった。
穴造さんと園長、二人の世界を理解するには私はまだまだ子供だったのだ……
<真実を知る日>
「今日は穴造さん来てないんだね?」
ある日、私は馴染みの店員さんにそう話しかけた。
いつもいるはずの人がたまたまいない、その事に気が付いたというだけで、深い意味はなかった。
「今日は給料日前だし、お金ないんじゃないのかな」
私の言葉に対して、店員さんはそう答えた。
「お金がないから」、思ってもみない言葉に私は驚き、聞き返す。
「どういう事? あの人すごいお金持ちなんじゃないの?」
そんな私の様子を見ると、店員さんは小馬鹿にするように笑って、私に答えた。
「もしかして競馬の話、信じてた? お人好しなんだから」
店員さんは、いつもボロボロの靴を履いてホールにくる穴造さんがお金持ちなわけはないと言い、穴造さんが大事に身に付けている時計もROLEXの偽物である事を教えてくれた。
「今日の夜、駅前通りの竹下って居酒屋に行ってみなよ」
店員さんはそう言い残すとコールランプに呼ばれて、私の前から去っていった。
この日、私は珍しくジャグラーを閉店まで打ち切った。
設定は上という事はなかっただろう。
だが、そんな事よりも穴造さんの正体が、駅前通りの竹下に何があるかが気になった。
「もし、穴造さんがお金持ちではないのなら……」
どうして私や園長に当たり台や天井間際の台を譲ってくれたりするのだろうか?
閉店の少し前に持ち玉を流すと、私は店員さんに言われた通り、駅前通りに向かって歩き出した。
竹下という居酒屋まではここから歩いて10分ほど。
ポツポツと降り始めた雨に気付いて、私は傘を持ってこなかった事を後悔した。
「しゃーせー」
竹下の戸を開けると、威勢のいい声が出迎えてくれた。
私と同い年くらいの学生バイトだ。
そこそこ遅い時間にも関わらず店内は客で溢れていて、数名のバイトと思われる若者達が厨房と客席とをせわしなく行き来している。
一人の私は厨房前のカウンター席へと案内され、そこでビールといくつかのおつまみを注文した。
安いチェーン店のような雰囲気の居酒屋は、学生の私にとっては慣れたもの。
居心地は悪くない。
一体この店に何があるというのだろう?
「串盛りあがります」
騒がしい店内で、その声だけがはっきりと聞こえた事を覚えている。
声の主を確かめようと視線を上げると、そこにあったのは、スキンヘッドで小太りの……アルバイト用のユニフォームを着た穴造さんの姿であった。
出来上がった串盛りをホールのアルバイトに手渡す為に、穴造さんが振り返る。
それに気付いて顔を伏せる私の元に、その串盛りは運ばれてきた。
お金持ちであるはずの穴造さんのバイト姿。
なんとなく見てはいけないような気がして、私は逃げるようにして店を出た。
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