<男の流儀>
竹下っていう居酒屋に行ってみなよ、その言葉の意味と穴造さんの正体を知った私は、穴造さんのホールに向かう道すがら、園長にその事を話した。
「穴造さんから当たり台もらうのダメなんじゃないですか?」
私は、あの年でアルバイトをしてまで作ったお金で引いたボーナスなのだから、簡単に譲ってもらっていいものではないと考えた。
だが、園長からの答えは違った。
「どうして誠はそう思うんだ? 穴造さんがお金持ちではなかったからか?」
だとしたら、そんな事は穴造さんの身なりを見れば最初からわかっていた事ではないかと園長も言う。
園長は初めから知っていたのだ。
私達が差し入れたそのタバコで、穴造さんが1週間を過ごしているという事を。
「だって……」
言いかけた私の帽子を、あの時と同じようにポンと叩き、園長は私を押し留める。
そして、私にこう言ったのだ。
「誠は、これから穴造さんに台を譲ってもらっても断るつもりだろ。 でも、それだけは絶対にやっちゃいけない事なんだぞ」
子供の私には意味がわからなかった。
だから、私はもう一度、その言葉を繰り返す。
「だって……」
「まぁわからないか」
俯く私に対してそう言うと、園長はホールに向かう足を止めた。
「もし今日、穴造さんが譲ってくれる台を誠が断ったら、穴造さんはどう思うかな?」
「どうって……」
「仮に穴造さんが、誠が竹下に行った事に気付いていたら。 誠がそんな自分の姿に同情していると穴造さんは受け取るだろうな」
実際私が負い目に感じるのも、穴造さんのお金の出所が馬券で稼いだ泡銭ではなく、汗水流して得たアルバイト代だったからである。
「それは穴造さんにとっては、深夜居酒屋でアルバイトをする事よりも何十倍も辛い事なんじゃないかと俺は思うんだ」
穴造さんがホールで演じるあのキャラが、きっと穴造さんの理想の自分像であろう事は、私にもなんとなく察しはついた。
だから園長の言う事も全く理解できないわけではなかったが、だからといって大切なお金をポンと差し出されて、それを黙って受け取るのはアリなのだろうか。
「お金を失ってでもつっぱり通したい見栄だとか、命よりも大事なプライドだとか、男にはそういうものもあるだろ」
「……」
「そういうものに出会った時、俺はとことん受け入れるし付き合うってだけ。 それが男のりゅ……」
真剣な眼差しを向ける私に気付くと、園長は照れ笑いを浮かべて言葉を止めた。
「ちょっとくさい話になっちゃったな」
年は取りたくないなと呟いて、私達は会話を終えた。
<そしてホールで>
「今日は誠が行ってこいよ」
園長はそう言って、私にラークを2箱手渡した。
「こんにちは」
いつもの流れで持参したラークと400のゾーンの吉宗を交換し、私と穴造さんは並んで打った。
コインを入れる穴造さんの手は、食器洗いのせいかひどく荒れていた。
どうして今まで気付かなかったのだろう。
「おいっ、それ」
穴造さんに言われて画面を見れば烏龍茶。
ボーナス確定のプレミア演出である。
「いつもありがとうございます」
私は無邪気に喜ぶ自分を演じた。
本当は複雑な想いもないではなかったが、知らなくてよい事は知らなかった事にするのが男の流儀だからだ。
そんな私の姿に、穴造さんもまた満面の笑みで応えてくれる。
「がはは。 いいから、いいから。 俺は……」
<10年後の今>
「俺はああいう生き方、結構好きだけどな」
いつの日だったか、お酒の席で園長は穴造さんの事をそう言った。
若かりし日の私にはいまいちピンとこなかったのだが、今ならなんとなくわかる気がする。
「なりたい自分を演じられる場所があってもよい」
理想と現実の狭間でもがいたり、時には自分に嘘をついてでも理想の姿を演じてみたり、そんな経験は誰にだってあるだろう。
自分もそうであるからこそ、他人のそれに出会った時にはそれをとことん受け入れるのが男の流儀なのだと今では思う。
「誠のような若い人には覚えておいてほしい」
そう言われて、いくつ大人の世界を学んだだろう。
そしてあれから10年経った今、それをさも自分の言葉のようにして、居酒屋で偉そうに説教する自分がいる。
会社の後輩相手に、あの時の園長を真似して男の流儀を語り、年は取りたくないなと呟き照れ笑いをする。
そんな年に自分もなったのだ。
「閉店ですのでお会計お願いします」
後輩達と飲んだ夜、差し出された伝票の金額に驚きながらも、後輩達には財布を出させない。
給料日前に背伸びをしてカードで支払うその姿は、はたから見れば穴造さんと同じじゃないか。
私に譲った台が当たるのを満足そうに見る穴造さんの横顔、自分も今あんな顔をしているのだろうか。
だとすれば、それは、嘘つきで背伸びばっかりしている自分を黙って受け入れてくれる後輩達がいるおかげである。
「勉強させてもらった挙句、ご馳走になってしまって、ありがとうございました」
そう言って頭を下げる後輩達は、私が語らずとも男の流儀を理解していたのだろう。
だからこそ、初めて聞いたような顔で勉強させてもらったという言葉が自然と出る。
男の流儀、複雑で、わかりにくくて、めんどうくさい、そんな世界を私は今日も歩いていく。
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