[2]ビタ押しの行方 [2017/2/17(金)] |
<雪降るアスファルトの街で>
それからしばらくの時間が過ぎた。
その間、我々の軍団は数人の新メンバーを迎え、彼女はその全てに対して私と同じように接していった。
「自分だけが特別ではない」
それは最初から知っていた事だし、誰にでも分け隔てなく優しいその姿が彼女の魅力でもあった。
そんなある日……
朝起きると、前日の夜から降り出した雪は地面を白く覆っていた。
この日、私達は都内の月一イベントに参戦する予定だったのだが、携帯電話には「今日は行けません」のメールがいくつも届いていた。
家を出れば吐く息は白く、寝ぼけ眼を冷たい北風が襲う。
雪の影響で電車の動かない地域も多く、結局この日集まったのは、園長とマサさん、それに私の3人だけだった。
3人しかいない事を前提に、この日の狙い台が絞られる。
1台は前日設定6で凹みの吉宗の据え置き狙い。
次に前日ストックを大量に貯めこんでいそうなキンパル。
そして、入口目の前の最も目立つ位置にある「大花火」だ。
「俺はキンパル取るわ」
園長がそう言うと、マサさんも続けて言う。
「じゃあ、俺は吉宗行くから誠が大花ね」
どういう訳か、私に大花火がまわってきた。
大花火のポテンシャルを最大限発揮するには、BIGボーナス中のリプレイハズシが必須である。
それが完璧にできさえすれば、設定1でも大花の機械割は100%を越える。
肝心のリプレイハズシの方法だが、大花火のリプレイハズシには2種類の方法があった。
一つは、左リールにバーをビタ押しする方法。
この方法であれば、ビタ押しに成功さえすれば100%JAC INを回避する事ができる。
そしてもう一つの方法は、左リールに3連ドンちゃんを狙う方法。
この場合、目押しはアバウトでよいのだが、JAC INを回避できる確率は75%、つまり4回に1回は3連ドンちゃんを狙ってもJAC INしてしまうのであった。
「自分、ビタ押しできないっすよ」
当時の私はビタ押しどころか、2コマですら完璧に押す事はできなかった。
正確に言えば、失敗しても何も損しない場面であれば8割以上の確率でビタ押しする事もできたのだが、ここで失敗したら○○枚損するというプレッシャーにいつも負けてしまうのである。
ノリ打ちである以上、私が一日大花を打ったら、どれだけ迷惑をかけるかわからない……
その一心で、私は吉宗を志願した。
だが、園長が首を縦に振る事はなかった。
「だって、入口付近の大花は客が来る度、ドアが開いて寒いから。 こういうのは俺達みたいな年寄じゃなくて若いやつの仕事よ」
今思えば、これもビタ押しマシンの経験を積ませてくれようとする園長の親心だったのかもしれない。
このように言われてしまっては、私も「No」とは言えなかった。
「どうせ今日は3人だけだし、多少損したって俺達は構わないから、なぁマサ」
園長がそう言って笑うと、マサさんも一言、「頑張れ」と言って私の肩を叩いてくれた。
<ビタハズシのプレッシャー>
開店から6時間が過ぎた。
この時点でマサさんの吉宗は偶数っぽいが設定の高低は不明。
園長のキンパルは低設定でゾーン狙いの稼働に移行中、といった状況であった。
そんな中私はというと、万が一75%の抽選に漏れてJAC INしてしまってもいいように、1回目のJAC INから3連ドンちゃんを狙ってハズす「保険ハズシ」という方法を駆使してなんとかこの日の稼働を無難にこなしていた。
「今のところ大きな損はしていないぞ」
中盤戦に差し掛かったところで私が一息入れようと背伸びをすると、それに反応したかのように入口の自動ドアが開く。
外はいつの間にか晴れていて、開いたドアの隙間から差し込む明るい陽射しと共に彼女は店内へと入ってきた。
「あっ、誠くんだ」
椅子の背もたれに身を預け、天井を仰ぐ私を覗き込んで彼女はそう言った。
「誠くんが大花打ってるんだぁ、結構出てるじゃん」
私の台の上には2箱のドル箱が置かれていた。
「今日勝ったら、何か美味しいもの食べに連れてってね」
彼女は騒々しい店内で私の耳元に顔を寄せて囁いた。
えっ!?
予想外の一言に一瞬打つ手が止まる。
左リール右リールと押して山がテンパイした状態で中リールだけが回り続ける。
そんなの、今日勝っても負けても……
望外の言葉にそう答えようとして立ち上がったところで、彼女を見つけた園長がこちらに歩いてくる姿が目に入る。
「ずいぶん重役出勤じゃないか」
園長が意地悪く言うと、彼女もわざとほっぺを膨らまして答える。
「バイトの前にちょっと寄っただけだもん」
すると今度は、私に向けて園長は言う。
「そろそろビタで外してみろよ。 今日一日は失敗して損してもいいから」
園長は私が「保険ハズシ」でBIGボーナスを消化していたのも、JACゲーム中にビタ押しの練習をしていたところも全て見ていたのであった。
そしてこう言うのである。
「ビタ押しのプレッシャーを乗り越えるには自信をつけるしかない。 その自信は、実戦の場で成功した経験を積み重ねる事でしか身につかないんだぞ」
彼女はいつもの通り頷いた。
「分かりました…… やるだけやってみます」
「おう、すぐにできるようになっから」
園長は私の頭をポンポンと2回叩き、店の奥の方へと戻っていった。
「夜にまた来るから頑張ってね」
園長の姿を見送ると、彼女もまた微笑みを残して、自動ドアの外へと出ていった。
開いた自動ドアからは、彼女の代わりにピリッとした冷気が入り込んでくる。
さきほど見えた陽射しはいつの間にか姿を消し、ヒンヤリとした冬の空気が私の気を引き締めるのであった。
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