[3]ビタ押しの行方 [2017/2/17(金)] |
<思い出はいつも綺麗だけど>
「勝っても負けても……」
結局、その言葉は言えず仕舞いになってしまったが、そんな事は関係ない。
今日勝って堂々と誘えばいいだけだ。
その一心で、私は大花火を回し続けた。
勿論いきなりビタ押しが上手くできるようになる訳ではない。
相変わらず、1回目、2回目のJAC INから保険でハズシを行う事はあったが、あの園長の言葉を聞いてからは、ハズシは全て3連ドンちゃんではなく、バー狙いのビタハズシで行うようになっていた。
この店では22時を過ぎるとその日の高設定台が発表される。
私の打っていた大花に「サメ・エビ・アンコウ」の札が挿されるのを見届けると、「先に居酒屋に行っている」と私に告げて、園長とマサさんは店から切り上げていった。
この日、園長とマサさんの収支は合わせてマイナス5万。
私の持ちコインが2,000枚程度なので、トータルではわずかに負けている状況だった。
あと1回、BIGを引ければプラスになる。
この日の収支をどうしても「勝ち」にしたい私は、閉店まで残り15分を過ぎても懸命に粘り続けていた。
「今日勝ったら……」
そこに、私を閉店間際まで遊技台に縛りつけるあの言葉の主が、夜の冷たい空気を纏って現れる。
―ウィーン
自動ドアの気配に気付き、私が一瞬振り返ると、店内に入ってきたのは彼女であった。
「どう? 勝ってる?」
蛍の光が流れ始めた店内で、私はこの日の収支が僅かにマイナスである事、園長に出された課題の結果を彼女に伝えた。
保険のある1回目、2回目のJAC IN時であれば、ビタでも7割以上。
だが、失敗の許されない3回目のJAC INに限って言えば、その成功率は5割程度というのが私の実力だった。
「テローン」
予告音が鳴るが、左リール、右リールと止めてもハチマキリールは動かない。
出目は三尺玉と山のダブルテンパイ。
小役がハズレれば、ボーナス濃厚の熱い場面だ。
「頼む……」
祈るような気持ちで中リールに山を狙うと、そのテンパイラインに止まったのは青い七。
ハチマキリールが止まるのを待つまでもなくボーナスだった。
次ゲームでバーを狙って中押しするも、出目はREGボーナスを否定している。
そのゲームで準備目を作った私は、次のゲームで勢いよく逆押ししてBIGボーナスを揃えた。
このBIGボーナスで600枚取れば、この日の収支はプラスになる。
客もほとんどいなくなった店内には、大花のボーナス中の音楽が鳴り響く。
その中で私は、素早くその日の収支を計算した。
ボーナスゲームを消化する事3ゲーム目、ハチマキリールが逆回転してJAC INフラグが成立告げられる。
早い……
残りはまだ27ゲームもある。
ここは保険でハズシておこうと、右リールから止める私の肩を彼女は叩いた。
「それじゃあいつまで経ってもできるようにはならないよ」
そして、彼女は勝手に左リールを押すと、ハズシをせずにJAC INさせてしまったのだ。
「ビタハズシはプレッシャーとの闘いだから、プレッシャーのない状況でいくら練習したって…… ねっ」
口調は優しいが、言っている内容はなかなかスパルタ。
何も、どうしても勝ちたいこの日の最後のBIGボーナス中にそれに挑戦しなくてもよいではないか。
だが彼女の言葉を借りれば、そのプレッシャーこそがビタハズシを覚える為には必要なのである。
言われるがままに、2回目のJAC INもハズシをせずに消化し、迎えた運命の瞬間。
ボーナスゲームはまだ20ゲームも残っている。
エアコンの効いた店内は十分に快適な温度を保っていた。
にも関わらず、手が冷たい。
私は右リールと中リールを押した後に何度もグーパーしたが、どうしてもちゃんとハズせる気がしなかった。
3秒……
5秒……
その間を察してか、次の瞬間、彼女は私の手を掴むと、両手で私の右手を包むように握ってくれた。
「えっ!?」
戸惑いながら彼女の方を見る。
「大丈夫。できるよ」
それは一瞬だった。
彼女は、私の目を真っ直ぐ見つめそう言うと、握ったその手をパッと離した。
ここで決めなきゃ……
意を決して台に向き合い、左リールにバーを探す。
枠上にそれが現れたところから間を計って……押……
「キーン」
ほたるのひかりが流れる静かな閉店間際の店内で、吉宗の爺BIG中に1G連が確定するあの衝撃の告知音が響きわたる。
当時は、今のパチンコみたいに大騒ぎする台はスロットには少なく、キーンとキュインの音がすれば誰もが振り返る。
キーンはそれほどの破壊力を持っていた。
不意に鳴り響いたその音に驚いた私が、次の瞬間リールを見ると、そこにはJAC IN図柄のリプレイが揃っている。
しかもバーとは全く関係ない位置。
あろうことに「キーン」の不意討ちを受けた私は、その反動で意図せずストップボタンを押してしまったのであった。
二人の間に沈黙の時間が流れ、結局、最後のBIGで私は500枚弱しか獲得する事ができなかった。
換金を済ませ、園長達の待つ居酒屋に向かう。
この日は3人で3,000円の負けだった。
押し黙って進む居酒屋までの5分間。
その道すがら、彼女は突然耐え兼ねたように笑い出した。
「さっきの自分の顔」
私の顔を指差し彼女は言った。
自分では分からなかったが、彼女が言うにはこの世の終わりを迎えたような顔で呆然としていたらしい。
「だから保険ハズシしようとしたのに……」
私が言いかけると、彼女は広げた手を上下させ、「まぁまぁ」と私をなだめた。
「今日はどうしても勝ちたかったのに……」
彼女は昼間の自分の言葉を忘れて無邪気に聞く。
「どうして?」
はじめから分かっていた事ではあったが、私にはそれが悔しかった。
だから、意地悪く笑みを浮かべて私も返す。
「内緒です」
今は二人で並んで歩いている事に満足しよう。
誰かが道端に作った小さな雪だるまが2つ。
冬ソナの有名なあのシーンを再現していた。
私はそれを横目に見ながら、そう思うのであった。
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