「俺、今度就職する事になったんだ」
あれは2007年の3月。
主だった軍団のメンバー全員の揃った飲み会の席で、軍団の中で園長に次いで年長だったマサさんは突然言った。
「おめでとう」の声が挙がったのも束の間、マサさんは皆を静めると続けてこう告げたのだった。
「この期に俺はスロットを打つのは引退する、だからこれをもらって欲しいんだ」
貸し切り状態の小さな居酒屋は先程までの賑わいを失い、静まりかえる。
「どうして? 何も辞めなくても……」
口々にそう言うメンバー全員に、マサさんは1冊ずつノートを手渡していった。
「バカ野郎が」
その日一番大きな声でマサさんを罵ったのは園長だった。
そして、一番寂しそうにグラスを傾けていたのも園長だった。
<残されたノート>
翌日、まだズキズキと痛む頭で私は机の上のノートを取る。
どうやってここにそれを持ち帰ったかは覚えていない。
だが、それがマサさんが最後に残していった大切なものである事は覚えていた。
「先に水を飲もう」
ノートの表紙をめくりかけてから、私はひどく喉が渇いた事に気が付いた。
冷蔵庫のある台所を目指すと、居間では母が「いいとも」を見ている。
既に日は高く、時刻は12時を過ぎていた。
コップ1杯の水を片手に、改めてノートを読む。
まずはペラペラと大雑把に眺めてみると、中身はマサさんの日記であり、日々の立ち回りや収支が事細かに記載してあった。
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○月×日 ■■ホールにて
北斗の拳の角台で+5,000枚(設定6)
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■■ホールは、全国各地にチェーン展開する有名ホールではあるが、ボッタクリでも有名なホール。
我々軍団メンバーもハイエナ以外では一切打つ事のないホールであった。
「あのチェーン店に設定6が?」
驚いた事に、■■ホールの記載はこれだけではなかった。
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○月×日 ■■ホールにて
ガール(ジャグラー)の角台で+3,000枚(設定6)
○月×日 ■■ホールにて
夢夢デラックスの角台で+7,000枚(設定6)
○月×日 ■■ホールにて
秘宝伝の角台で+4,000枚(設定6)
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私がもらったノートには、昨年の9月から現在に至るまでの出来事が記載されていた。
この半年間、マサさんは月初の日曜日、必ず■■ホールに通っていた。
そして、ほぼ全ての日に設定6を掴んでいたのだ。
「どうして?」
あのボッタクリチェーンに設定6などあるはずがない。
あったとしても、なぜマサさんは毎回ピンポイントで設定6を掴めたのか。
そして、どうしてそれを軍団メンバーに伝えなかったのか。
次々に浮かんでくる疑問の答えを知るマサさんは、もう軍団にはいないのであった。
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