<ノートの続き>
私は昨日の飲み会に居合わせたメンバーに次々と電話をかけて、自分の前の日記を持つ者を探した。
「一体いつからマサさんは■■に通っていたんだ?」
電話をかけだしてから1時間。
自分の前の年のノートを持っていたのは、4人目に電話をかけた愛さんだった。
「ノート、見せてもらえますか?」
電話を片手に愛さんの返事を待ちつつも、私のもう一方の手は既にクローゼットを開け、春物のコートを探していた。
逸る気持ちは押さえきれない。
その日の夜、私は愛さんの住むアパートを訪ねた。
「はい、マサさんのノート」
愛さんは、私がもらったのと同じ青い表紙の大学ノートを差し出した。
その場でペラペラと中身を確認する私。
1枚……2枚……、目的の■■ホールの記述を探してページをめくる。
3枚……4枚……、3月とはいえ夜はまだ肌寒い。
ノートをめくる為に右手だけ手袋を外したその手がかじかむ。
「上がっていく? 温かい珈琲でも入れようか?」
私を見かねた彼女が言ったその言葉に少しドキっとして、私は我に返った。
だが、皮肉にもその瞬間、私は見つけてしまったのだ。
マサさんと■■ホールを繋げたキッカケの記述を。
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○月×日
駅前のバー△△で、■■ホールの山村店長と偶然一緒になりパチスロの話で意気投合する。
山村店長曰く、彼の店では設定を使う日には必ず角台にその日の最高設定を入れるらしい。
店長に昇格してから数年間、どこの店舗を任されても同じように設定を入れてきたが、角台さえ盛り上がれば稼働は上がるというのが彼の持論という事だった。
そんな大切な事をバーで知り合っただけの初対面の人間に教えていいのかと聞くと、うちの常連なら皆知ってる事だからと彼は笑っていた。
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「あった!」
私はそう叫ぶと、顔を上げて愛さんを見た。
一瞬目が合う。
それが堪らなく恥ずかしかった。
「これ、コンビニでコピーさせてもらいます」
照れ隠しにそう言うと、私はその場をそそくさと後にして、近所のコンビニに向かった。
「やっぱり珈琲、ご馳走になればよかったかな」
人通りの少ない裏道にひっそりと佇むコンビニには、自分以外に客はいない。
ひたすらコピー機の音だけがこだまする店内で、私は二度とないチャンスを逃した事を一人後悔していた。
あの時、彼女の部屋に上げてもらっていたら何かが変わっていただろうか。
私が当時、愛さんに惚れていたのはまた別の話だ。
<期限切れの攻略法>
翌日、私は開店を待つ並びの列の中でマサさんのノートの事を皆に話した。
「じゃあその■■ホールに行けば、高確率で設定6をツモれるって事じゃん」
ノートのコピーを読んで、メンバーの一人が言った。
この日は月初の土曜日。
マサさんが■■ホールに通い続けた月初の日曜日の前日であった。
「マサさんのネタなら信頼できるっしょ。 明日は皆で行ってみっか」
だが、私はその言葉に対して首を横に振ると、ノートのあるページを開いて、声の主へと差し出した。
日付はわずか2週間前。
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○月×日 ■■ホール
新店長秋本就任イベント初日。
今まで通り、角台の秘宝伝を狙うもBIG10回の時点で低設定濃厚となった為、撤退。
概ね角台は弱く、今までとは明らかに異なる傾向の印象を受ける。
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当時の秘宝伝は、BIG中のスイカとハズレ確率に大きな設定差があり、設定判別は比較的容易な部類であった。
マサさんが低設定と判断したなら、角台に設定が入らなかった事は間違いないだろう。
「山村店長は、もういないんだ……」
角台に座りさえできれば高確率で設定6が約束される。
なんとも美味しい話だっただけに、メンバーからはタメ息が漏れる。
なぜマサさんはもっと早くにこの事を教えてくれなかったのだろう?
そうも考えはしたが、当時の■■ホールは本当にボッタクリというイメージが強く、この話を聞いたところで我々は誰一人信じる事はなかったであろう。
それだけに、マサさんも言い出す事が出来なかったのだと思う。
一瞬の静寂の後、話の一部始終を黙って聞いていた園長が口を開く。
「このネタ、追っかけてみるか」
■■ホールのような大型チェーン店であれば、人事異動だってたまにはある。
この山村店長が、どこか別の店舗に異動になったとすれば、異動先ではまだ角台が強いという事が浸透していない可能性が高い。
山村店長の居場所さえ特定できれば、自分達だけが知っているその情報を元に一凌ぎできるかもしれないというのが園長の読みであった。
「もっとも、その山村が店長として異動になったのかは分からない。 見つかるかどうかは五分五分の賭けってところだけどな」
例え勝率5割のギャンブルだとしても、園長が「やってみるか」と言った事を、我々がやらないと言う事はあり得なかった。
今まで幾度となく軍団の成果を叩き出してきた園長の嗅覚がそう言うのであれば、メンバーは皆それに協力する。
それは言葉にする必要などない事であった。
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