<店長山村を探せ>
この日の稼働を終えた23時。
朝まで営業している行きつけの居酒屋に入ると、「山村」探しが始まった。
タイムリミットは、マサさんが足繁く■■ホールに通っていた月初の日曜日の朝まで、それは翌朝であった。
今であれば無数に存在するSNSに「拡散希望」のタグを付けて情報提供を求めたら直ぐに見つかるのかもしれないと思う。
だが、当時はmixiが全盛期でようやくFacebookが日本で流行りだしたくらいの時期。
Twitterの存在はまだ知らなかったように記憶しているし、攻略のネタになりそうな事をネットに上げてしまうのにも抵抗があった。
結局、地道に手作業で探していくより他、手段はなかった。
1人1県ずつ担当を振り分け、関東の1都6県に絞って探していく。
片っ端から■■ホールの系列店をPーworldで検索してはページをチェック。
店長の名前や交代に関する記述がないかを確認してメール会員に登録していく。
注文した料理もそこそこに、皆が皆携帯電話とにらめっこで時間との戦いを繰り広げられる。
「千葉県10店舗見たけど、全然見つからないわ〜」
誰かがそう言うと、隣からも、
「埼玉もあかんわ……」
こんなやり取りだけが繰り返されて、時間だけが過ぎていく。
考えてみれば、ホールのホームページを確認したところで店長の名前がピックアップされている事は稀で、都合良く「山村」の名前が見つかろうはずもなかった。
それでも一縷の望みを託してメール会員登録を続けていく。
ホールから配信されるメールの中には「おはようございます。パーラー■■の店長△△です!」のような出だしで始まるものもままあるからだ。
終電の時刻を過ぎるとほとんど客は店から去っていき、店内に残る客は自分達だけになる。
その頃には、眠いし目もしぱしぱしてくる。
そもそも携帯のバッテリーだって残り僅かだ。
それでも手掛かりは何も得られない。
だが、モチベーションを失いかける度に、お互いに励まし合って、未確認のホールを潰しにかかる。
端から見ればとても意味があるとは思えない活動だ。
女将さんも不思議そうな顔でこちらを眺めていた。
「あんた達、今日はまたどうしちゃったの?」
見るに見かねて、女将さんは私達に話し掛けてきた。
確かに、いつ見つかるともしれない「山村」を探し続けるのは辛い。
でも、その一見馬鹿げた努力も、皆でやると何故か不思議と楽しい一面も持っていた。
学園祭の前夜、徹夜して準備をするようなあのわくわく感。
それは、今思えばあのアナログな手作業から産み出されたものだったのかもしれない。
当時、軍団メンバーは、何度となくこの店で徹夜で語り明かし朝を迎えた。
いつも女将さんの厚意に甘え、何度そのまま店に泊まらせてもらった事だろうか。
この日も全ての作業を終えると、私達は店の座敷を借りて横になった。
皆、明日の朝に届くメールの中に「山村」の名前がある事を夢見ていたに違いない。
だが……
<翌年の1月>
それから9ヶ月が経った。
結局あの日、私達は「山村」の手掛かりを掴む事はできなかった。
そして、店長山村を探して徹夜した夜があった事などとうに忘れたある日、1枚のハガキを手にした園長は、それを私に差し出すとこう言った。
「マサから面白い年賀状が届いたよ」
ハガキには、とあるホールの景品カウンターの前にホールスタッフが8人ほど並んだ写真が印刷されていた。
その中には、髪型をオールバックに変えたYシャツ姿のマサさんがいた。
「マサさんの就職先って……」
私が言いかけると、園長は写真の中央に写る白髪の、一人だけ年長といった印象を受ける男性の胸元を指差した。
「ここ、ここ」
そう言われて見ると、その初老の男性のネームプレートにはあの文字が記されていたのだ。
「山村」
それに気付いて、慌ててハガキを裏返すとマサさんの住所は北海道。
「さすがに北海道までは行けないからなぁ」
園長は珍しく上機嫌で、ニコニコしていた。
「バカ野郎が」
マサさんがパチスロを打つのを止めると聞いた時、そう言った園長の姿とは対照的だった。
「行きましょうよ。北海道」
マサさんがいまだにパチスロと繋がっていてくれた事が嬉しい。
その気持ちは皆同じだった。
だから、誰からともなく自然とその言葉が発せられた。
「行って何すんだよ?」
園長だってマサさんに会いたかったはず。
でも「バカ野郎」と言って送り出した手前、ばつが悪いのだろう。
園長はわざとそっけない態度を見せた。
「だって、角台は設定6ですよ」
誰かがそう助け船を出すと、園長も照れくさそうにはにかみながら頷いた。
「じゃあ、仕方ないから行くか、北海道。 仕方ないからな」
こうして決まった軍団の北海道遠征は勿論、月初の日曜日に合わせて決行された。
その道中、誰よりも園長がはしゃいでいたのは我々軍団メンバーの中では今でも笑い話として語り継がれている。
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