男 「じゃ、上着脱いで、調べさせてくれるかな」
俺は、携帯しか入っていないジャケットを脱いで男に渡した。
男は全てのポケットに手を入れ、念入りに調べ始めた。
袖にも手を通し、最後は全体をギュッギュッと握り、異物がないかを確認していった。
俺は、男が突然殴りかかってこないかずっと用心していた。
そして周囲にも気を配っていた。
ここならどこから何人来ているのかがひと目でわかる。
男 「はい、ありがと。 ズボンのポケットもええかな。」
俺はポケットを全て裏返し、白い裏生地を外側へ出した。
男は手のひらを軽く当てながら、腰から下へと念入りに調べていった。
ズボンが終わると、Tシャツも同じように調べ上げた。
脇の下なども念入りに調べられた。
男 「靴の中もええかな」
俺が片足を脱ぐと、男は靴をひっくり返し何も出てこないか確認した。
そして靴下をポンポンと触り、何もないのを確かめた。
そしてそのまま、もう片方の足も同じように調べ終わった。
男 「はい、終わったで。 悪かったな手間取らせて。」
俺 「え、いや・・・」
俺は周りを見ながら返事をした。
この男・・・
本当に調べることだけが目的だったのか・・・
もう、そう思うしかない。
何も起こらない、起こる気配もない。
帰り道を狙うなら、こんなことをする必要もない。
調べることも終わってしまった。
俺がただ懐疑的過ぎただけだったのか・・・
時間も本当に3分くらいだ。
男 「この前捕まえたゴト、靴下に体感器入れててな。」
俺 「・・・俺、ゴトのことはわからんから。 見たこともないし。」
男 「大花火や吉宗のゴトは結構捕まえたで。 バイブレーターやからすぐ見つけれるしな。」
俺 「へえ・・・」
男 「ゴトは同じ店には二度と行かんからな。 こうやって捕まえるしか方法はないんよ。」
俺 「・・・・・・・」
俺はこの時、ゴトに関しては全くの無知だった。
いや、興味がなかったというべきか。
体感器やハーネスなどの言葉も、聞いたことがあるという程度でしか知らなかったのだ。
過去のゴトを語り出した男に、俺はしばらく適当に相づちを打っていた。
男 「あの北斗、万枚越えてるやろ? ナンボで当てたん?」
俺 「8千円くらいかな。」
気づけば俺の緊張感もなくなり、男との会話に和みすら感じていた。
ずっとはりつめていたモノが取れたような感覚だった。
あのまま拒み続けていれば、悪い展開になっていただろう。
何も起こらなかったということに、俺は心底安心していたのだ。
その時、不意に男の携帯が鳴った。
男はゆっくりと電話をとった。
俺はちょうど良かったと思い、手を挙げてさよならというジェスチャーをした。
すると男は、ちょっと待ってというように手を広げて俺を呼び止める。
そして電話の口頭で店の名前を言い、「問題ない」というような言葉を口に出し、俺の事を報告しているような言い回しを見せた。
その後はボソボソと打ち合わせっぽい会話をし、電話は2分近く続いた。
電話を切り、男は言った。
男 「じゃ、にいさん頑張ってな。 ワイ用事できたから帰るわ。」
俺 「あ、じゃ。」
俺が軽く頷くと、男は大通りの方へ走っていった。
男の後ろ姿を見ながら、俺は「ふー」とため息をついた。
よかった・・・
大きな揉め事にならなかったことに、俺は胸を撫で下ろしていた。
今の現実に、小さな価値すら感じていたのだ。
次のページへ
【 ギャンブルエクスペリエンス 】 メニューへ