[5]スロッター・ジャズ [ 2015/12/13 ] |
私は谷垣との一件以来、ほとんどパチスロを打たなくなった。
アイツと顔を合わせたくないという気持ちが強かったが、かといって今さら他のホールに通う気もおきない。
いつしかパチスロ自体を面倒だと感じるようになった。
小銭稼ぎの単純作業、認めたくはないが谷垣の言っている一面もまた私にとっての真実だったのだろう。
そしてたまに大学で谷垣を見かけると、無性にイライラしている自分がいた。
瀧本さんにはしばらくホールには行けなくなったと伝えると、例の情報メールも送られなくなった。
焼肉店のバイトで会うと、心配して色々話しかけてくれた。
しかし全てが煩わしくなっていた私は、何となく彼女を避けるようになっていった。
大学でもバイトでも、いつもと変わらず過ごしたつもりだった。
しかしどこか上の空というか、心ここにあらずという様子だったらしく、近しい友人からは心配されていた。
店長(オカマ)からも、調子が悪いならシフト減らしていいから休めと言われた。
けっこう見てるんだなこの店長は。
ある日のバイト終わり、店を出ると瀧本さんが待っていた。
話がしたいと言う彼女に誘われ、ファミレスに場所を移す。
席について、しばらくは天気の話やバイト中に来た客の事を話題に出す瀧本さんに対し、気のない返事をするやりとりが続いた。
そして少し間をとった後に彼女がきりだした。
「…最近元気ないなと思って、しばらくホールに行かないって言った時くらいからだけど… 『マルス』で何かあった?」
別に何もない、ちょっと面倒なヤツにからまれただけだと素っ気なく答えると、彼女は相当な相手を想像したらしく、ひどく心配して怪我をしていないか、脅されてないかとしつこく聞かれた。
あまりの勢いに押され、私は谷垣とのことを全て話した。
「そっか…色々あったみたいだけど、元はと言えば男爵君に変な情報送ってたからだよね、わたしのせい、だよね…」
彼女に責任など無いことははじめからわかっていた。
情報を求めたのも、『マルス』に通ったのも、谷垣ともめることになったのも、全て自分の責任。
感謝こそすれ、彼女を責める理由などないのだ。
「瀧本さんのせいじゃない」
「気をつかってくれてありがとう」
伝えるべきことはいくつもあったはずだった。
しかしすまなそうに身を小さくする彼女を前に、私は最低の返答を選んでしまう。
「それもある。」
誰かのせいにしなければ気が済まなかったのかもしれない。
彼女に罪悪感を与えれば、沈んだ気持ちを共有できると思ったのかもしれない。
私の口から出た5文字は、自分を責める彼女に対して「その通りだ、お前にも責任がある」と追い打ちをかける言葉だった。
いや、「それもある」などと曖昧な表現で、自分の逃げ道をつくるやり方は、より卑怯だったと言える。
ごめんなさいと繰り返す彼女を見て、私はどんな気持ちだったのだろう。
この日は、それからどうしたかはあまり覚えていない。
□
季節が変わり、大学で谷垣の姿を見ることが無くなったことに気付いた。
どうせどこかで打っているんだろう、あんなヤツは居ないほうがせいせいする。
そう思っていたが、必修科目の講義ですら出席していないことが気になった。
大学を辞めたのだろうか。
よく谷垣とつるんでいた男に聞いてみた。
「あぁ、谷垣? 在籍はしてるよ。 でも最近すげー割のいい稼ぎを見つけたとか言って、そっちに熱心みたいだ。」
割のいい稼ぎ…
この言葉に数か月前の自分の姿を重ねる。
『マルス』か?
真っ先に思い浮かんだ。
店員に聞けばわかるだろうか。
この頃になると瀧本さんは学校の実習で忙しくなり、『マルス』のバイトを辞めていたので様子を聞くことはできない。
いや、仮に続けていても聞くことはできなかっただろう。
自ら彼女を悪者にしたのだから。
ファミレスで話したあの日から、彼女とは必要最低限な会話しかしなくなった。
私が避けていたのか、彼女に避けられていたのか、もうどちらかもわからなかった。
ホールに駆けつけて確認することはできる。
でも確認してどうするのか。
谷垣が勝ちまくっている姿を見れば満足するのか。
そうではない、今の私にはもう関係ない話だ。
そんな考えでさらにひと月程を過ごしたある日、友人から『マルス』が改装するらしいという話を聞く。
改装オープン日に並ぶつもりの友人は、過去常連であった私からホール情報を聞きたいとのことだった。
あくまで過去の情報とことわりを入れつつ、私が知っている店の設定の入れ方等の情報を伝えた。
もちろん例の情報メールのことは話していないが。
オープン日に一緒に行こうと誘われたが、私は断った。
『マルス』には谷垣がいる可能性が高く、楽しく打つことができないと思ったからだ。
そのかわり友人に谷垣の人相を伝えて、ホールにいたら教えてくれと頼んでおいた。
冬から春に変わる時期、まだコートが必要な時期に改装なんて工事の人も大変だななんて思いながら、エアコンの設定温度を上げた。
改装オープン日の夜、私は大学でレポート課題を片付けている時に友人からメールが入る。
客は多いが店の出玉はちょっと微妙という内容で、谷垣らしい人物も見かけていないらしい。
もう切り上げるから飲みに行こうとの誘いに乗り、友人をホールまで迎えに行った。
約半年ぶりに『マルス』の前に立つ。
「改装オープン!」と派手な看板が出て、何度使いまわされているかわからないメーカー名が書かれたプラスチック製の花輪が周囲を囲んでいた。
外装が張り替えられて、以前よりいくらか綺麗になっていた。
他の変更点と言えば、駐車場の出入り口が広げられ、店の裏口付近が以前より大きくなっていたことか。
妙な緊張感があったものの、いざ入店してみると店内はあまり変わっていなかった。
スロットコーナーの端で見つけた友人は、タイヨーの『100萬トン』を打っていた。
液晶上で他社機種の演出パロディを演じるブタを見て、二人で「いいのかコレ」と笑う。
「あれっ!? パーマの兄ちゃん?」
騒がしいホールの中で、一人のおじさんに声をかけられた。
黒ブチメガネと派手な色のシャツが特徴的なこのおじさんは店の常連で、私は過去何度も顔をあわせていた。
席を占拠する谷垣を注意した一人でもある。
「パーマの兄ちゃん」とは、当時の私の容姿からつけられていたあだ名だそうだ。
おじさんに促され、一旦友人を残して自販機コーナーに移動する。
過去の件もあり文句を言われるのかと思ったが、意外にもおじさんは開口一番謝罪の言葉を述べた。
「兄ちゃんごめんな、もう一人のちっちゃいのがうるさくて文句いってたけど、兄ちゃんは普通に打ってたもんな。」
ちっちゃいのとは谷垣のことだ。
話を聞いていくと、どうやら私が注意されたことを気にしてホールに来なくなったと思っているらしい。
多少誤解されていたが、わざわざ訂正することも無いと思い、あの時は迷惑かけましたとそのまま自分も謝った。
ここで私は、店の常連なら知っているだろうと谷垣のその後について聞いてみた。
「あー、年末頃からかな、朝一から高設定台に座るようになって、その後仲間数人引き連れてきてスロプロ軍団みたいになってたよ。」
そうだったのか、じゃあ谷垣は今も…という私の言葉を遮るようにおじさんは話す。
「今はいないよ。 いや、これは俺も他人から聞いた話なんだけどね…」
声のトーンを下げ、谷垣のその後を私に教えてくれた。
ここからはおじさんが他人から聞いた話の内容、つまりまた聞きの話を含むため正確なものかはわからない。
あれから谷垣は以前の立ち回りに戻ったが、いつの間にかかなりの確率で高設定台を探し当てるようになった。
その後は毎日のように仲間数人と朝一から来ていて、見る限り勝率は相当高そうだった。
朝一から軍団で押し寄せて、昼に低設定だけ見切って去っていく立ち回りには他の客も閉口していたが、特に違法行為をしているわけではないので黙って見ているしかなかった。
毎日同じ集団が高設定を抑えている状況に、店側もさすがにおかしいと思ったらしく、短期間のうちに定期イベントを一新したりと対策をとった。
それでも状況は変わらなかったため、設定状況が漏れているとしか思えないとチェーン本部からメスが入り、その結果、どんな方法かは知らないが、女店員の荒木が設定状況を知っていて、谷垣に流していたと発覚した。
当然荒木はクビ、谷垣とその仲間は出入り禁止になった。
谷垣が荒木とどんな関係でそうなったのかはわからないし、二人のその後がどうなったのかも不明。
意外なところから荒木の名前が出てきて驚いたが、内容的には自分の知っている情報と合わせて、信憑性は高いと思わせるものだった。
確かめるすべは無いが、荒木はひょっとして瀧本さんと同じ方法をとっていたのかも知れない。
店の改装も建物の一部を改築していたため、ホール内が見えたという窓関連をつぶす改築だったのだろうか。
そう考えると、今まで自分も危ない橋を渡っていたことに気付かされた。
あのまま続けていたら、いずれ出入り禁止になっていたのは自分かもしれない。
入手する情報は断片的で、最終的な台選びは自分で選択したとしても、非公式に店員から伝えられた台情報をもとに打つというのはクロに近い行為だろう。
昔のこととはいえ、今考えると本当に浅はかで、やってはいけないことだったと深く反省している。
谷垣の一件は片付いた。
直接何をしたわけではないが、『マルス』を中心としていた生活が本当の終わりを迎えた日だった。
でもまだやり残したことがある。
私は機種変更したばかりの携帯電話に移されたアドレス帳から、瀧本さんの名を探した。
今さら遅いかもしれない、いや遅いだろう。
でも言わなければいけない、あの時本当に伝えたかったことを。
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