[6]スロッター・ジャズ [ 2015/12/13 ] |
数か月後、私は別のホールに通うようになった。
知人に勧められて打ったエマの『いみそーれ』にハマって、一時期そればかり打っていた。
この台は、『俺の空』と共に4号機最終期まで設置があった機種なので、印象に残っている人も多いのではないだろうか。
バックライトが消灯して、ドットとランプの双方にハイビスカスが点灯する美しい告知演出は今でも脳裏に焼きついている。
当時の機種にしてはやや緩めの出玉推移を描く台で、ストック機としてはまったり打つことができた。
レバーを叩くごとに一喜一憂し、上位のモードに移行してくれと祈ってボーナスを消化する。
ごく稀にサイレンのような音が鳴り、爆連のクラッシュモードに入るとシマの注目を浴びる。
やっぱりパチスロは楽しい、それでいいじゃないかと思えるようになっていた。
谷垣はいつの間にか大学を辞めていた。
私もそれ以上の詮索はしなかった。
焼肉店でも以前と同じくバイトに励み、仲間とも楽しくやっていた。
店長(オカマ)は相変わらずで、「男爵君、最近身体が引き締まってきたんじゃない?」とか言ってくる。
おいやめろ。
瀧本さんとはどうなったかって?
あの後私は瀧本さんと会い、非礼を詫びた。
彼女は、わたしも変なことに巻き込んだからおあいこだねと笑ってくれた。
その場で自分の気持ちを伝えようと決心した矢先、翌日に予定されていた焼肉店バイト仲間とのバーベキューに来るように誘われた。
当初行く予定はなかったのだが、「もちろん!」と100点満点の笑顔で即答した。
なんなら親指も立てていた気がする。
翌日、バーベキューには不似合いなジャケットを着込み、伝える言葉を脳内シミュレーションしていた私の前に瀧本さんは現れた。
「おっ、男爵っちは今日もキマッてるねぇ」
さすが、彼女はわかっている。
キミも今日は一段とキレイさと言おうと思った時、彼女の隣に髭をはやした巨体の男が立っている事に気付いた。
彼は同じバイトのキッチン担当の岩瀬君。
2歳年上のみんなの兄貴的存在だ。
そのクマのような存在感抜群の巨体の後ろでは、後輩の個性派メスゴリラが「肉だぁ!肉だぁ!」と興奮していた。
何だここは、ディスカバリーチャンネルか。
立場的にあまり強くは言えないが、彼女と二人にして欲しい、いや、まだ夜までチャンスはあるかなどと考えていると、瀧本さんと岩瀬君の距離が妙に近く、仲睦まじくバーベキューに勤しんでいる姿に気付く。
これは年長者とはいえども釘を刺さねばなるまいと、岩瀬君に「あれ、二人は付き合ってるんですかー?」と軽いジャブを打つ。
バイト仲間に囲まれ冷やかされれるシチュエーションで、そんな二人のラブコメ波動を消し去ってくれようぞという完璧なプランだ。
しかし、隣にいた瀧本さんが意外な発言をする。
「うん、岩瀬君と付き合ってるんだ、えへへ///」
………え?
話を聞くと、バイト仲間の半数くらいは既に知っていたらしいが、もともと二人は付き合っていたものの、周囲にいじられるのを避けるために秘密にしていたらしい。
でも少しづつ知れ渡っていくうちに、いよいよ限界だと思って公表することにしたとのことだった。
岩瀬君は、見た目は山のフドウだがものすごくいい人なので、それを聞いた私も「お、おぅ」と返すのが精一杯だった。
海のダンシャク一生の不覚。
その日食べたバーベキューは一段としょっぱかった。
涙が出たのは胡椒をかけ過ぎたせいだろう。
見事なまでのピエロだった私は、帰りがけに半べそでジャグラーを打ったら1000円で1000枚出た。
「今日はオゴリだよ。」
私の心情を慮ったジャグラーが気をつかってくれたのだろうか、わぁい…
□
パチスロにまつわる体験で一番印象深いのは?
と私が質問されたら、この『マルス』での話が思い浮かぶ。
今回の話の人名・店名は仮名であり実際とは異なるが、『マルス』は低貸し専門になって今も営業しているらしい。
あれから数年後、社会人になった瀧本さんと再会することになったのだが、それはまた別の話。
未熟であったゆえの過ちとほろ苦い経験、紳士になる前の私の思い出である。
DO YOU HAVE A COMRADE?
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