[4]スロッター・ジャズ [ 2015/12/13 ] |
■ スロッター・ジャズ(後編) ■
北斗イベントの日、『北斗の拳』の狙い台第一候補には先客がいたため、第二候補台に座る。
レア役の落ちが悪く、バトルボーナスにつながらないので、これはハズしたかな、と思いながらサンドに追加の千円札を入れていると谷垣が駆け寄ってきた。
「おー男爵、今日は北斗か! イベント日だもんな!」
そう言いながら隣に座った。
私はシンステージを散歩するケンシロウを見ながら、今日は調子が悪いと話す。
「まだこれからでしょ、どんどん回そうぜ!」
谷垣は根拠も無く背中を押す。
相変わらずよく舌のまわるヤツだ。
確かに1000G程度では設定云々は見切れないな、と思いながらレバーを叩き続ける。
ふと気づくと谷垣は全く回していない、コインを借りてもいなかった。
打たないのかと聞くと、
「ちょっと様子見るよ、今日は見(けん)にまわるわ。」
谷垣はそう言いながらタバコに火をつけた。
店内ルールにも、空き台に座っての観戦は禁止と明記されている。
他に客がいなければ私もうるさく言うことは無いが、時間帯も夕方になり稼働率は8割以上あった。
壁際の通路にベンチがあるので、打たないならそっちに行けと諭すが、
「いやー、別に大丈夫でしょ。」
全く気にするそぶりも見せずに煙を吐き出す。
ちょっと嫌な気分になっていたが、叩き出すわけにもいかず、どうしようものかと考えていると、常連のおじさんが「打たないならその台いいか?」と声をかけて谷垣と交代した。
ナイスだおじさん、変な柄のアロハシャツも今日は一段と輝いて見えるぜ。
おじさんが回すとすぐにバトルボーナスに当選し、2000枚ほど持ち帰って行った。
入れ替わりに谷垣が戻ってきて今度はちゃんと稼働をはじめた。
「ハイエナされちゃったよ、ムカつくわー。」
と言っていたが、ハイエナはお前だと言いたくて仕方がなかった。
その後私が打っていた北斗の設定が良かったようで、チェリー、スイカが連続し右肩上がりに出玉を増やすことに成功。
時計を見ると21時40分、一時間もすれば閉店時間だ。
今日はこのへんにしておくかと交換に向かうと、谷垣は何も言わず私が座っていた台に移動していた。
気がつくと、『マルス』での谷垣は私にべったりくっついて離れなくなった。
男爵がヤメた台は高設定、うまくいけばゾーン中でも譲ってもらえる。
彼にとって私はカモに見えていたのだろう。
事実、張り付く谷垣に嫌気がさして、好調台でも稼働を早めに切り上げて帰ることも何度かあった。
私を見つけると自分は打つことなく、隣に座り話しかけてくる。
幾度となく「打たないなら座らないでくれ」と周囲から注意されている。
隣が空き台ではない時も横に立って喋るので、他の客からも嫌な顔をされる。
「おー! 赤オーラ! 熱い熱い!」
「もう4000枚は固いね! シマの高設定はこれでしょ!」
頼んでもいない実況をしてくれる。
傍から見ればウザガキ二人が出しまくっている光景だ。
目立つのを避けるどころか、コイツがいるとどんどん白い目で見られている気がする。
「なぁ、今日は何時くらいに帰るの?」
「予定ないのか?」
ほどなくして、露骨にそんなことも聞いてくるようになった。
「そろそろオレにも稼がせてくれよー。」
ニヤついた顔で肩を叩いてくる谷垣に、とうとう我慢の限界がきた。
ちょっと外に来てくれと谷垣に伝え席を立つ。
「何? 帰るの? オレが打っとくよ。」
能天気にさえずる彼が心底憎かった。
自動ドアを開けて店外に出る。
あたりもすっかり暗くなっており、国道を流れるヘッドライトと店舗を彩る照明だけが明滅していた。
もういい加減にしてくれ、一人で打ちたいんだ、お前は自分の力で立ち回れ、言葉を選びながらそんな内容を彼に伝える。
しかし谷垣は悪びれることなく言った。
「え? ヤメた後の台どうしようと勝手でしょ? 狙い台が空くのを待つのがオレの立ち回りだから。」
何が立ち回りだ、タチの悪い張り付きエナじゃないか。
もういい、たくさんだ。
今後私は意地でも台を譲らない。
閉店まで打ち切らない時でも他の人に声をかける。
そこまで話すと、彼は態度を急変させた。
それも悪い方に。
「…そうかい、そんじゃあもういいよ。 台を譲らないオマエに価値なんてないからな。 だいたいパチスロなんて所詮客や店との金の取りあいじゃねぇか、小銭稼ぎの単純作業に何をカッコつけてんの? キモいんだよ。」
そう言って、谷垣は背を向けてホールに戻った。
私は言いようのないショックで放心状態になり、しばらく駐車場に佇んでいた。
谷垣と決別できて望みはかなったはずなのに、なぜこうも沈んだ気持ちになる自分がいるのか。
一瞬でも仲間だと思っていた人間から拒絶され、価値が無いとまで言われた。
悲しかったわけではない。
ただ、こんな気持ちになってまでパチスロを打つ自分に疑問を抱くようになっていた。
コンクリート造りの駐車場に吹き込む風が何とも冷たくなる季節。
その日は一応閉店まで打ち切り収支はプラス。
しかしなんとも後味の悪い帰路になった。
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