[3]スロッター・ジャズ [ 2015/12/13 ] |
『マルス』での強力な立ち回り方法を手に入れたが、良い環境を継続するためにいくつかの自制ルールを設けていた。
●この立ち回り方法は他言しない
当然ながらライバルが増える。
そして広まりだすとこの立ち回りは終わりを意味する。
●毎日通うことは控える
常連が毎回出しまくっていたら、店側が設定の入れ方を変えてくるかもしれないと思った。
単純に瀧本さんからの情報が週に2、3回程度しかないことも理由だった。
●朝一の並び入場はしない
二つ目の理由と同じようなものだが、ガチイベの時だけピンポイントで見抜くと警戒されると思った。
収支に余裕ができたため、早起きが面倒になったという気持ちもある。
●キリのいいところで早めにやめる
チャンスゾーンが続いている場合は別として、21時を目安として帰る。
目立たぬようにと考えたものだが、これは今考えるとむしろ不自然な行動かもしれない。
●出来るだけ目立たないようにする
いわゆるウザ行為や多数での連れ打ち等をしない、店にとっていいお客さんであることを演じていたかった。
他の常連の心証も悪くしたくなかった。
●負ける日をつくる
勝利した定期イベント後は、次回はガセだとしても打ちに行った。
見抜けない日もあるとアピールのつもりだった。
店にとってはちょっと設定が読める人間という程度の存在でいたかった。
最後のルールなんかは、店からしたら気にもしていないかもしれないが、長期的に稼ぐことを早くから考えていたのだ。
そして実際に、コンスタントに勝利を重ねていった。
もちろん大学もバイトも問題なし、全てが順調だった。
焼肉店のバイト仲間との飲み会の日、瀧本さんも参加していた。
自分が『マルス』でマークされてないかを確認すると、もっと目立つ常連さんいるよ〜と笑って話し、カルピスサワーを傾ける彼女。
そこからはパチスロの話題を離れ、流行りのミュージシャンの話や彼女の好きなファッションの話で盛り上がった。
この時にはもう、彼女を好きになっていたと思う。
それを伝えることはなかったが、気持ちは通じていると思っていた。
そんな二人を見て周りがはやしたてる。
やめてくれと言いながら笑った、彼女も笑っていた。
こんな幸せがいつまでも続くと思っていた。
自分で言うのもなんだが、私は冷静な人間である。
この生活中も金遣いが荒くなったり、学業やバイトをおろそかにするということも無かった。
しかし、強力な情報源と付随する現金のやりとりは、一人の大学生を狂わせるのに十分なものだった。
静かに、だが確実に心を蝕んでいった。
後に私は、取り返しのつかない選択をしてしまうのだが、その時は特に考えもせずに『マルス』に出かけていく日々が続いた。
□
数ヶ月の間、大学とバイト先、そしてホールを巡る生活を続けた。
そんなある日、『マルス』に新人女性バイトが入った。
荒井という名前で、小柄で目鼻立ちがはっきりした顔、はっきり言って好みのタイプだった。
この時の私は順調な生活に慣れ、少々調子にのっていた。
ほんの冗談、軽いイジリ、そんなノリで荒井ちゃん可愛いよね、連絡先知りたいなー、といった内容を臆面もなく恩人でもある瀧本さんに話していた。
「荒井さん、あんまり評判よくないかも…」
そんな下卑た考えを見透かしたのだろうか、瀧本さんがはじめて他人に対して否定的な話をした。
何か自分も否定されたような気がして、その日は少し険悪なムードのまま別れた。
次の日の夜に情報メールが来た。
いつもと変わらない文体で安心した。
安心したのは、彼女が許してくれたと思ったから?
それとも勝つための情報がこれからも入ってくるとわかったから?
当時の私に聞いたらなんと答えるだろうか。
翌日もいつものようにホールで稼働する。
「おう、男爵! スロットやるんだ、スゲー出してんじゃん!!」
いきなり肩をたたかれ、一人の若者が顔を近づけてきた。
彼は大学の同級生で…たしか谷垣って言ったか。
同級生といっても、過去に会話した記憶もなく、単に同じ教室で講義を受けている顔見知りといった程度の関係だ。
「男爵がパチスロを打つイメージが無かったから驚いたよ」
そう言いながら隣に座って打ち出した。
『GOGOジャグラーV』を並んで打ちながら話を聞くと、最近このホールに通いはじめたらしい。
打ちながらも常に口が動いている谷垣は、この店の客層のヌルさは、午後からも高設定を狙えてオイシイんだとかそんなことを言っていた。
リプレイハズシ中にも容赦なく肩をバシバシ叩いて話しかけてくるのだけはいただけなかったが。
しばらく付き合ううちに数千円分のコインを飲ませ、
「なんかアツい情報あったら教えてよ。」
彼はそういって席を立った。
谷垣はそれからしばしば『マルス』で見るようになった。
勝つコツを教えてくれと聞かれたが、○○のイベントは強い、ゲリラ的にシマ単位で設定変更してくるといった当たり障りの無い情報でごまかした。
彼の立ち回りスタイルはジャグラー高設定狙い+ハイエナといったもので、騒がしいキャラクターに反して手堅いなといった印象だった。
ある日の夕方、『主役は銭形』の狙い台を確保し、ドル箱2つほど出したところで谷垣が話しかけてきた。
「おー男爵、相変わらず羽振りがいいねぇ、俺は今日さんざんだよ。」
宵越しエナに続けて失敗したらしく、力なく笑っていた。
まぁそんな日もあるさと彼を慰めながら、クレオフボタンを押して箱にコインを移す。
その日の夜は友人との飲み会があったため、まだゾーン中の台であったが谷垣に台を譲ることにした。
保障はしないけど、高設定っぽいよと付け加えると、
「マジ!? サンキュー!」
そう言うやいなや、彼は大喜びで回し始める。
なぜこの時にもっと考えなかったのか。
高設定台を簡単に他人に譲る、この行為が谷垣という人間にどういう影響を与えるかを。
高設定台なんていつでも座れるというふざけた意識が私の中にあり、その油断が私の判断力を麻痺させていた。
後日大学で会った彼は、あの日そこから3000枚出たという内容を嬉々として話してくれた。
これが破滅の始まりだったということを、この時の私は考えもせずに笑っていた。
TO BE CONTINUED
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