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残されたノート [2017/2/3(金)]

「俺、今度就職する事になったんだ」

あれは2007年の3月。
主だった軍団のメンバー全員の揃った飲み会の席で、軍団の中で園長に次いで年長だったマサさんは突然言った。

「おめでとう」の声が挙がったのも束の間、マサさんは皆を静めると続けてこう告げたのだった。

「この期に俺はスロットを打つのは引退する、だからこれをもらって欲しいんだ」

貸し切り状態の小さな居酒屋は先程までの賑わいを失い、静まりかえる。

「どうして? 何も辞めなくても……」

口々にそう言うメンバー全員に、マサさんは1冊ずつノートを手渡していった。

「バカ野郎が」

その日一番大きな声でマサさんを罵ったのは園長だった。
そして、一番寂しそうにグラスを傾けていたのも園長だった。

 


<残されたノート>
翌日、まだズキズキと痛む頭で私は机の上のノートを取る。

どうやってここにそれを持ち帰ったかは覚えていない。
だが、それがマサさんが最後に残していった大切なものである事は覚えていた。

「先に水を飲もう」

ノートの表紙をめくりかけてから、私はひどく喉が渇いた事に気が付いた。

冷蔵庫のある台所を目指すと、居間では母が「いいとも」を見ている。
既に日は高く、時刻は12時を過ぎていた。

コップ1杯の水を片手に、改めてノートを読む。

まずはペラペラと大雑把に眺めてみると、中身はマサさんの日記であり、日々の立ち回りや収支が事細かに記載してあった。

**********

○月×日 ■■ホールにて
北斗の拳の角台で+5,000枚(設定6)

**********


■■ホールは、全国各地にチェーン展開する有名ホールではあるが、ボッタクリでも有名なホール。
我々軍団メンバーもハイエナ以外では一切打つ事のないホールであった。

「あのチェーン店に設定6が?」

驚いた事に、■■ホールの記載はこれだけではなかった。

**********

○月×日 ■■ホールにて
ガール(ジャグラー)の角台で+3,000枚(設定6)

○月×日 ■■ホールにて
夢夢デラックスの角台で+7,000枚(設定6)

○月×日 ■■ホールにて
秘宝伝の角台で+4,000枚(設定6)

**********


私がもらったノートには、昨年の9月から現在に至るまでの出来事が記載されていた。

この半年間、マサさんは月初の日曜日、必ず■■ホールに通っていた。
そして、ほぼ全ての日に設定6を掴んでいたのだ。

「どうして?」

あのボッタクリチェーンに設定6などあるはずがない。
あったとしても、なぜマサさんは毎回ピンポイントで設定6を掴めたのか。
そして、どうしてそれを軍団メンバーに伝えなかったのか。

次々に浮かんでくる疑問の答えを知るマサさんは、もう軍団にはいないのであった。

 


<ノートの続き>
私は昨日の飲み会に居合わせたメンバーに次々と電話をかけて、自分の前の日記を持つ者を探した。

「一体いつからマサさんは■■に通っていたんだ?」

電話をかけだしてから1時間。
自分の前の年のノートを持っていたのは、4人目に電話をかけた愛さんだった。

「ノート、見せてもらえますか?」

電話を片手に愛さんの返事を待ちつつも、私のもう一方の手は既にクローゼットを開け、春物のコートを探していた。
逸る気持ちは押さえきれない。


その日の夜、私は愛さんの住むアパートを訪ねた。

「はい、マサさんのノート」

愛さんは、私がもらったのと同じ青い表紙の大学ノートを差し出した。
その場でペラペラと中身を確認する私。

1枚……2枚……、目的の■■ホールの記述を探してページをめくる。

3枚……4枚……、3月とはいえ夜はまだ肌寒い。
ノートをめくる為に右手だけ手袋を外したその手がかじかむ。

「上がっていく? 温かい珈琲でも入れようか?」

私を見かねた彼女が言ったその言葉に少しドキっとして、私は我に返った。

だが、皮肉にもその瞬間、私は見つけてしまったのだ。
マサさんと■■ホールを繋げたキッカケの記述を。

**********

○月×日
駅前のバー△△で、■■ホールの山村店長と偶然一緒になりパチスロの話で意気投合する。
山村店長曰く、彼の店では設定を使う日には必ず角台にその日の最高設定を入れるらしい。
店長に昇格してから数年間、どこの店舗を任されても同じように設定を入れてきたが、角台さえ盛り上がれば稼働は上がるというのが彼の持論という事だった。
そんな大切な事をバーで知り合っただけの初対面の人間に教えていいのかと聞くと、うちの常連なら皆知ってる事だからと彼は笑っていた。

**********


「あった!」

私はそう叫ぶと、顔を上げて愛さんを見た。

一瞬目が合う。
それが堪らなく恥ずかしかった。

「これ、コンビニでコピーさせてもらいます」

照れ隠しにそう言うと、私はその場をそそくさと後にして、近所のコンビニに向かった。

「やっぱり珈琲、ご馳走になればよかったかな」

人通りの少ない裏道にひっそりと佇むコンビニには、自分以外に客はいない。
ひたすらコピー機の音だけがこだまする店内で、私は二度とないチャンスを逃した事を一人後悔していた。

あの時、彼女の部屋に上げてもらっていたら何かが変わっていただろうか。
私が当時、愛さんに惚れていたのはまた別の話だ。

 


<期限切れの攻略法>
翌日、私は開店を待つ並びの列の中でマサさんのノートの事を皆に話した。

「じゃあその■■ホールに行けば、高確率で設定6をツモれるって事じゃん」

ノートのコピーを読んで、メンバーの一人が言った。

この日は月初の土曜日。
マサさんが■■ホールに通い続けた月初の日曜日の前日であった。

「マサさんのネタなら信頼できるっしょ。 明日は皆で行ってみっか」

だが、私はその言葉に対して首を横に振ると、ノートのあるページを開いて、声の主へと差し出した。
日付はわずか2週間前。

**********

○月×日 ■■ホール
新店長秋本就任イベント初日。
今まで通り、角台の秘宝伝を狙うもBIG10回の時点で低設定濃厚となった為、撤退。
概ね角台は弱く、今までとは明らかに異なる傾向の印象を受ける。

**********


当時の秘宝伝は、BIG中のスイカとハズレ確率に大きな設定差があり、設定判別は比較的容易な部類であった。
マサさんが低設定と判断したなら、角台に設定が入らなかった事は間違いないだろう。

「山村店長は、もういないんだ……」

角台に座りさえできれば高確率で設定6が約束される。
なんとも美味しい話だっただけに、メンバーからはタメ息が漏れる。

なぜマサさんはもっと早くにこの事を教えてくれなかったのだろう?
そうも考えはしたが、当時の■■ホールは本当にボッタクリというイメージが強く、この話を聞いたところで我々は誰一人信じる事はなかったであろう。
それだけに、マサさんも言い出す事が出来なかったのだと思う。

一瞬の静寂の後、話の一部始終を黙って聞いていた園長が口を開く。

「このネタ、追っかけてみるか」

■■ホールのような大型チェーン店であれば、人事異動だってたまにはある。
この山村店長が、どこか別の店舗に異動になったとすれば、異動先ではまだ角台が強いという事が浸透していない可能性が高い。

山村店長の居場所さえ特定できれば、自分達だけが知っているその情報を元に一凌ぎできるかもしれないというのが園長の読みであった。

「もっとも、その山村が店長として異動になったのかは分からない。 見つかるかどうかは五分五分の賭けってところだけどな」

例え勝率5割のギャンブルだとしても、園長が「やってみるか」と言った事を、我々がやらないと言う事はあり得なかった。
今まで幾度となく軍団の成果を叩き出してきた園長の嗅覚がそう言うのであれば、メンバーは皆それに協力する。
それは言葉にする必要などない事であった。

 


<店長山村を探せ>
この日の稼働を終えた23時。
朝まで営業している行きつけの居酒屋に入ると、「山村」探しが始まった。

タイムリミットは、マサさんが足繁く■■ホールに通っていた月初の日曜日の朝まで、それは翌朝であった。

今であれば無数に存在するSNSに「拡散希望」のタグを付けて情報提供を求めたら直ぐに見つかるのかもしれないと思う。

だが、当時はmixiが全盛期でようやくFacebookが日本で流行りだしたくらいの時期。
Twitterの存在はまだ知らなかったように記憶しているし、攻略のネタになりそうな事をネットに上げてしまうのにも抵抗があった。

結局、地道に手作業で探していくより他、手段はなかった。

1人1県ずつ担当を振り分け、関東の1都6県に絞って探していく。
片っ端から■■ホールの系列店をPーworldで検索してはページをチェック。
店長の名前や交代に関する記述がないかを確認してメール会員に登録していく。

注文した料理もそこそこに、皆が皆携帯電話とにらめっこで時間との戦いを繰り広げられる。

「千葉県10店舗見たけど、全然見つからないわ〜」

誰かがそう言うと、隣からも、

「埼玉もあかんわ……」

こんなやり取りだけが繰り返されて、時間だけが過ぎていく。

考えてみれば、ホールのホームページを確認したところで店長の名前がピックアップされている事は稀で、都合良く「山村」の名前が見つかろうはずもなかった。

それでも一縷の望みを託してメール会員登録を続けていく。
ホールから配信されるメールの中には「おはようございます。パーラー■■の店長△△です!」のような出だしで始まるものもままあるからだ。

終電の時刻を過ぎるとほとんど客は店から去っていき、店内に残る客は自分達だけになる。
その頃には、眠いし目もしぱしぱしてくる。
そもそも携帯のバッテリーだって残り僅かだ。

それでも手掛かりは何も得られない。

だが、モチベーションを失いかける度に、お互いに励まし合って、未確認のホールを潰しにかかる。
端から見ればとても意味があるとは思えない活動だ。

女将さんも不思議そうな顔でこちらを眺めていた。

「あんた達、今日はまたどうしちゃったの?」

見るに見かねて、女将さんは私達に話し掛けてきた。

確かに、いつ見つかるともしれない「山村」を探し続けるのは辛い。
でも、その一見馬鹿げた努力も、皆でやると何故か不思議と楽しい一面も持っていた。
学園祭の前夜、徹夜して準備をするようなあのわくわく感。
それは、今思えばあのアナログな手作業から産み出されたものだったのかもしれない。

当時、軍団メンバーは、何度となくこの店で徹夜で語り明かし朝を迎えた。
いつも女将さんの厚意に甘え、何度そのまま店に泊まらせてもらった事だろうか。

この日も全ての作業を終えると、私達は店の座敷を借りて横になった。
皆、明日の朝に届くメールの中に「山村」の名前がある事を夢見ていたに違いない。

だが……

 


<翌年の1月>
それから9ヶ月が経った。

結局あの日、私達は「山村」の手掛かりを掴む事はできなかった。

そして、店長山村を探して徹夜した夜があった事などとうに忘れたある日、1枚のハガキを手にした園長は、それを私に差し出すとこう言った。

「マサから面白い年賀状が届いたよ」

ハガキには、とあるホールの景品カウンターの前にホールスタッフが8人ほど並んだ写真が印刷されていた。
その中には、髪型をオールバックに変えたYシャツ姿のマサさんがいた。

「マサさんの就職先って……」

私が言いかけると、園長は写真の中央に写る白髪の、一人だけ年長といった印象を受ける男性の胸元を指差した。

「ここ、ここ」

そう言われて見ると、その初老の男性のネームプレートにはあの文字が記されていたのだ。

「山村」

それに気付いて、慌ててハガキを裏返すとマサさんの住所は北海道。

「さすがに北海道までは行けないからなぁ」

園長は珍しく上機嫌で、ニコニコしていた。

「バカ野郎が」

マサさんがパチスロを打つのを止めると聞いた時、そう言った園長の姿とは対照的だった。

「行きましょうよ。北海道」

マサさんがいまだにパチスロと繋がっていてくれた事が嬉しい。
その気持ちは皆同じだった。
だから、誰からともなく自然とその言葉が発せられた。

「行って何すんだよ?」

園長だってマサさんに会いたかったはず。
でも「バカ野郎」と言って送り出した手前、ばつが悪いのだろう。
園長はわざとそっけない態度を見せた。

「だって、角台は設定6ですよ」

誰かがそう助け船を出すと、園長も照れくさそうにはにかみながら頷いた。

「じゃあ、仕方ないから行くか、北海道。 仕方ないからな」

こうして決まった軍団の北海道遠征は勿論、月初の日曜日に合わせて決行された。

その道中、誰よりも園長がはしゃいでいたのは我々軍団メンバーの中では今でも笑い話として語り継がれている。



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