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犯罪者 [2014/4/17(木)]

これは2005年1月某日、朝から北斗の設定6を打った日に起こった話である。

当時そのホールにはスタンプカードというサービスがあり、スタンプを10個貯めると北斗の6を打つことができるメリットがあった。
北斗絵柄を引くとその場で一個押してもらえるのだが、数日前にやっとこさ10個貯まり、休みの日に朝から打ちに行ったのだ。

どの台を6にするかは選ばせてもらえるのだが、それまでの経験から選択の条件はすでに決まっていた。

それは、「前日3,000G以上回されていて不発、かつ設定1ではなさそうな台」だ。

これには2つの理由があった。

1つ目は、

●北斗の内部ストックは約1/30だったので、それなりに回されていて放出され過ぎていないこと

2つ目は、

●北斗は設定1から6に変更すると、しばらくは初当たりが重たくなるので1は避けること

である。

1つ目のストック切れに関しては完全に保険だが、6を打つ以上は念には念を、である。

2つ目は完全にオカルトの域だが、実はその当時の北斗には、「1から6に打ち変えると半日ほど初当たりが重くなる」という現象がよくあったのだ。
これをスロ仲間の間では、「1が残る」と呼んでいた。
全てそうなるわけではないのだが、なぜかそういう傾向が強かったのだ。

その条件のもと俺は、一台一台データを確認し、端から5台目辺りを選んだ。

店員を呼びカードを渡し、6へと打ち変えてもらう。
もちろん6という数字を確認させてもらえる。

そして打ち始めて8k。
その日初の赤7BBをツモる。

これが下皿程度になり、そこからは追加投資することなくコンスタントに増えていった。

途中からは中押しに飽きて順押しに変えていた。
この順押しがまた楽しい。

北斗は設定6のみチャンス目からの直撃が優遇されている。
そしてそれは順押しからでは判断しにくい。

つまり知らないうちにBBに直撃していることがあるため、いきなりアミバ登場、いきなりシンに勝利といったサプライズが堪能できるのだ。

設定6のみに許された最高の楽しみ方である。

さらにハマリのない展開にも恵まれ、昇天2回を含む怒濤の引きで、16時には12,000枚ほどのコインを持っていた。
置けなくなったコインは鉄バケツに移され、俺の周りはバケツだらけのお祭り騒ぎになっていたのである。

「朝から6を打ち、万枚を出す」

シナリオ以上の仕上がりに、俺は大満足だった。
そう、全てが順調だった。

あの男が現れるまでは・・・。



時刻は16時を過ぎた頃だったろうか。

ボーナスが終わり10ゲームほど回した所で、筐体に人影が映っていることに気づく。
シルエットからして客のようだ。

いつから後ろに立っているのだろう。
しかし、立ち止まって見るにしては少し露骨だ。
マナー違反とまでは言わないが、感じが悪い。

爆発台を見つめる客はよくいるが、こんなに真後ろに立って見続ける客はそういない。

「まあ、そのうちどこかへ行くだろう」

俺は気づいてないふりをして打っていた。

すると・・・

「出しとるねー兄さん」

その客が突然話し掛けてきたのだ。

俺はびっくりして振り向き、そこで初めて目が合った。

そいつは見た目30歳前半、ニット帽にダウンジャケット、ジーパンにスニーカーというカジュアルな服装をした男だった。
初めて見る顔だ。

両手をポケットに入れ、ふてぶてしい態度で俺を見下ろしている。
そしてこの瞬間俺は、こいつは間違いなく自分にとって害のある男だと直感で感じた。

そもそも、パチンコ屋で知らない男が話しかけてくる。
いい話のわけがない。

俺は毅然とした口調で言葉を返した。

「こういうのもなけりゃね」

ここでニコリと笑って去ってくれるのを期待したが、男は返事もせずうなずきもせず、表情も変えずに黙って立っている。
イヤな感じだ。

俺はまた前を向き、淡々と打ち始めた。

その時だった。

「ゴトやっとるやろ。」

男は俺の耳元に顔を寄せ、突拍子もないことを呟いたのだ。

俺は、「えっ?」というような顔で男を見た。


なんなんだこいつは・・・
いきなり何言ってるんだ・・・
俺がゴトやってたら、口止め料出せとでも言うつもりなのか・・・?


めんどくさいことになったと思いつつ、俺は語気を強めて真顔で答えた。

「いやいや、やらんわそんなこと!」

すると男は、俺の言葉など聞いてもないように話し始めた。

男 「ワイ、ここらでゴト捕まえる仕事しとんよ。 ちょっと外に出てや。 兄さんくらい出しとるのは調べることになっとるから。」

俺 「は?」

俺はきょとんとした。


調べることになってる???
こいつ、誰かに雇われているのか・・・?
まさかここの店長が・・・

いや、店長は俺がスタンプサービスで6を打っていることを知っている。
疑う理由がない。

こいつまさか・・・

俺からカツアゲする気なんじゃないのか?
いや絶対そうだ!
ゴトの因縁吹っ掛けて、その証拠が出ようと出まいと、最終的に俺にコインを換金させるのが目的なんだ!

だとすると、きっと仲間もいる。
ここは弱気を見せたらダメだ。


俺 「おたく、警察じゃないよな。 そんなことされる理由ないで。 気に食わんのなら警察呼べばえーよ。」

俺は真顔で言った。

男 「いやいや。 出てくれんと警察より怖い人呼ぶ事になってしまうんよ。」

俺 「・・・・・・・」


警察よりコワイ人だと・・・
こいつ、あっち系の人間なのか・・・?

いや、それは考えにくい。
パチンコ屋で客からカツアゲする本職なんて今時いない。

それにゴトを捕まえる仕事なんてのも聞いたことがない。
ハッタリだ!


俺 「ふーん・・・全然呼んでくれてええよ。」

俺は失笑じみた顔で答えた。

仮にこの男の言うことが本当だったとしても、俺はゴトなどしていない。
誰が来るのか知らないが、ビビることなんてない。

この時俺は、この台が設定6だということを説明しようとも思ったが、それはそれでまた新たな問題を引き起こすかもしれないと思い言わなかった。

なにより、次第に腹も立ってきていたのだ。

こいつはカツアゲ目的のただのチンピラだ。
外に出て証拠が出なかったら、なんだかんだと因縁つけて暴力をちらつかせ、コインを換金させるに違いない。

イントネーションも変だ。
地元の人間じゃない。
きっと県外から来た犯行グループだ。

俺は外に出る気など毛頭ない態度をして、また淡々と打ち始めた。
そしてこの男がいなくなったら、さっさと換金して帰ろうと思った。
長居してると何が起きるかわからない。

すると一呼吸置いて、また男が話し出す。

男 「あのな、絶対呼ばん方がええ。 ただでさえ最近ゴト多くてみなピリピリしとるのに、こんな出方してるの見たら結局は外に出されるで。 そしたらもっとめんどくさくなるで。 ワイだったら3分で済む。 何もなかったらそれでええ。 ワイも一人やし、外もまだ明るいで。」

俺 「・・・・・・」

確かにその時、外はまだ明るく人通りも多そうだった。
駐車場で揉め事など起きたら、すぐに人が来るだろう。

男 「ワイもこんなことしたくないんやけどな。 手ぶらでは帰れんのよ。 もしアンタがゴトしとって、あとでそれがばれでもしたら大ごとになる。 だからホントに調べるだけなんよ」

俺 「・・・・・・」



こいつ・・・・・
威圧的ながらも恫喝じみた口調でもなく、仕事としてやってるような感じがしなくもない・・・

しかし、だったら何の仕事なんだ?
店長より上の立場の人間が、ゴトを捕まえる組織でも作っているというのか。

そもそも今の時代、パチンコ店がダークサイドの人間と癒着することなどあるのか。

確かにないとも言い切れない。
俺に言わせれば、パチンコ店そのものがすでにブラックボックスだ。

しかし・・・

客の誰かが俺のボロ勝ちを妬んで、ヤバい組織にゴトだとチクっただけかもしれない。
そしてこいつは金目的でやって来た・・・

店員に言ってみるか・・・

いや、帰りが危ない。
帰りは現金を持ち歩いてる状態だ。
金が目当てなら今より狙われやすい。

かといってこのままシカトし続けていても同じことになる・・・


男 「・・・出てくれるか?」

俺 「・・・・・・」

男が捲し立ててきた。
俺はしばらく考え、ゆっくりと立ち上がった。


このまま話が折衝し続けると、最後はケンカになるかもしれない。
そしてこいつはそうなることも想定した上で俺に接触してきている。

もし外に出なければ店を出た後・・・
計画は2段構えのはずだ。

しかし本当に調べる事だけが目的だったなら、何事もなく数分で終わるかもしれない・・・
それに今ならまだ明るく、何かあればすぐに目立つ。
目立つことはこいつも避けたいはずだ。


俺は男の顔を見て妥協したように言った。

「3分よな」

すると男は頷きながら、

「そう。 ほんまに持ち物調べるだけやから。 ワイもはよ帰りたいし。」

と早い口調で返事を返してきた。

俺はとりあえず男と外に出ることにした。

しかし男を信用したわけではない。
もしも車に乗るように言われたり、仲間が出てきたり、男の口調が少しでも変わり始めたら、その瞬間ホールに駆け込み店員に言うつもりだ。
逆にいきなり暴力で来るなら、こっちもやってやるまでだ。

男は出口へ向かってすたすたと歩き始めた。
前を歩けと言うつもりだったので、俺も後に着いて行った。

外に出ると俺は近くの駐輪場を指差し、そこで調べるよう促した。
駐輪場を選んだのは、人目につきやすいだけでなく壁にも面していたからだ。
男はあっさりと承諾した。

俺はため息混じりに言った。

俺 「もう一回言うけどさ、俺はゴトなんてしてない。 ただあの台が高設定だから出てるだけ。」

男 「ワイもそう思っとるよ。 あれだけ出してても店がなんも言ってこんみたいやしな。」

俺 「・・・・・・」

男 「でも調べることはしとかんと、後でワイが怒られるからな。 ・・・ワイな、組に頼まれてゴト捕まえる仕事しとるんよ。 捕まえたらそいつの名前と住所聞き出して、写真を撮る。 そしてそれを全国のホールに流す。 一枚単価は安いけど、数売れるから結構儲かるで。」

俺 「・・・・・・」


もしこの時、違和感を感じることができたならまだ間に合っていただろう。

しかし俺は、とってつけたようなこの話に、「なるほどな」と思ってしまったのだ。

ゴトは毎日身近で行われている犯罪ではない。
そして一人でやってるとも限らない。
ましてやゴト行為など、大抵の場合はホールが先に見つけてしまうものだ。
仮にホールより早く見つけたとしても、警察沙汰になりやすい。

そんな不確実なものに、そしてほとんど見つからないだろうという相手を探すために、毎日ホールを巡り続けることなどバカみたいな話なのだ。
あまりにも非現実的すぎて、副業としてすら成り立つわけがないのだ。

俺はこの時の男の言葉に、「何事もなく終わりそうだ」と安心してしまったのかもしれない。
自分でもそれに気づかなかったのだろう。

『すぐに終わる。』

そう考えてしまった時点でチェックメイトだったのだ。

そう。
出口が見えると人は後ろを振り返らない。


男 「じゃ、上着脱いで、調べさせてくれるかな」

俺は、携帯しか入っていないジャケットを脱いで男に渡した。

男は全てのポケットに手を入れ、念入りに調べ始めた。
袖にも手を通し、最後は全体をギュッギュッと握り、異物がないかを確認していった。

俺は、男が突然殴りかかってこないかずっと用心していた。

そして周囲にも気を配っていた。
ここならどこから何人来ているのかがひと目でわかる。

男 「はい、ありがと。 ズボンのポケットもええかな。」

俺はポケットを全て裏返し、白い裏生地を外側へ出した。

男は手のひらを軽く当てながら、腰から下へと念入りに調べていった。

ズボンが終わると、Tシャツも同じように調べ上げた。
脇の下なども念入りに調べられた。

男 「靴の中もええかな」

俺が片足を脱ぐと、男は靴をひっくり返し何も出てこないか確認した。
そして靴下をポンポンと触り、何もないのを確かめた。

そしてそのまま、もう片方の足も同じように調べ終わった。

男 「はい、終わったで。 悪かったな手間取らせて。」

俺 「え、いや・・・」

俺は周りを見ながら返事をした。


この男・・・
本当に調べることだけが目的だったのか・・・

もう、そう思うしかない。

何も起こらない、起こる気配もない。
帰り道を狙うなら、こんなことをする必要もない。

調べることも終わってしまった。
俺がただ懐疑的過ぎただけだったのか・・・
時間も本当に3分くらいだ。


男 「この前捕まえたゴト、靴下に体感器入れててな。」

俺 「・・・俺、ゴトのことはわからんから。 見たこともないし。」

男 「大花火や吉宗のゴトは結構捕まえたで。 バイブレーターやからすぐ見つけれるしな。」

俺 「へえ・・・」

男 「ゴトは同じ店には二度と行かんからな。 こうやって捕まえるしか方法はないんよ。」

俺 「・・・・・・・」

俺はこの時、ゴトに関しては全くの無知だった。
いや、興味がなかったというべきか。

体感器やハーネスなどの言葉も、聞いたことがあるという程度でしか知らなかったのだ。

過去のゴトを語り出した男に、俺はしばらく適当に相づちを打っていた。

男 「あの北斗、万枚越えてるやろ? ナンボで当てたん?」

俺 「8千円くらいかな。」

気づけば俺の緊張感もなくなり、男との会話に和みすら感じていた。
ずっとはりつめていたモノが取れたような感覚だった。

あのまま拒み続けていれば、悪い展開になっていただろう。
何も起こらなかったということに、俺は心底安心していたのだ。

その時、不意に男の携帯が鳴った。

男はゆっくりと電話をとった。

俺はちょうど良かったと思い、手を挙げてさよならというジェスチャーをした。

すると男は、ちょっと待ってというように手を広げて俺を呼び止める。

そして電話の口頭で店の名前を言い、「問題ない」というような言葉を口に出し、俺の事を報告しているような言い回しを見せた。

その後はボソボソと打ち合わせっぽい会話をし、電話は2分近く続いた。

電話を切り、男は言った。

男 「じゃ、にいさん頑張ってな。 ワイ用事できたから帰るわ。」

俺 「あ、じゃ。」

俺が軽く頷くと、男は大通りの方へ走っていった。

男の後ろ姿を見ながら、俺は「ふー」とため息をついた。


よかった・・・


大きな揉め事にならなかったことに、俺は胸を撫で下ろしていた。
今の現実に、小さな価値すら感じていたのだ。

俺は店内に戻った。

もう、今から何も気にすることなく打てる。
そんな当たり前の事が嬉しい。

そして今からなら、初の2万枚も射程距離内だ。

そう思いながら北斗のシマへ入った。

そう。
この台で夢の2万枚を・・・・・・



・・・・・・・・・・・・・・・



俺は足がピタリと止まった。



「あれ???」



声が出た・・・・・・



俺がさっきまで打っていた台・・・・・・



さっきまでバケツに囲まれてた台・・・・・・



が・・・・・・空き台に・・・・・・



なって・・・・・・・



コインがない!!!



全部!!!!!



その瞬間、俺の胸に急激に熱いものが込み上げてきた。
息も一瞬で荒くなった。
心臓も恐ろしく波打っている。

俺は慌てて近くの店員に駆け寄り、大声で叫んだ。

「あの台のコインは!!!」

店員 「あ・・・さっき彼女さんが見えられて、お客さんが急用ができたからもうやめるって言うんで、交換しましたけど・・・」

俺 「!!!」



やられた!!!!!!!!



俺はすぐに店を飛び出し大通りに出た。

だがすでに男の姿はない。

俺は無意識に叫んだ。


「あの野郎ッ!!!」


囮だったんだ!
なにもかも!

男との駆け引きが全てだと思っていた!
展開が荒れないことだけを考えていた!

違う!
あいつはスケープゴートだったんだ!
俺を引っかけるためのッ!


俺は興奮状態で店に戻り、コインが盗まれたことを店員に説明し、すぐに警察を呼んでもらった。

そして勝手に交換した店員を呼びつけ、思い付く限りの罵声を浴びせた。
ここでは書けないほどだ。

犯人は捕まるはずだ。
ホールには必ずついている。
ビデオカメラだ。
以前聞いた話によると、指の先まで鮮明に映し出せるほどの性能らしい。

それに警察が絡めば時間の問題だ。

20万以上の金を盗られたのだ。
看過はできない。

しばらくすると警官が2人やってきた。
俺は一部始終を説明し、一緒に犯人の映像を観ることを許可された。

少し不思議だった。
前にICカードを盗まれた時には映像を観せてはくれなかったし、駐車場で当て逃げされた時も、警察を呼んだにも関わらず監視カメラを観せてはもらえなかった。

その時俺は2回とも、「知っている顔が映ってるかもしれないから」と、事件解決の糸口になる理由を訴えたのに、企業秘密だからと言って断られているのだ。

今思えば、窃盗や当て逃げは立派な犯罪なのに、企業秘密と天秤にかけられて断られるのはおかしな話だ。
やはりパチンコ店はブラックボックスだ。
そして協力的だった俺の意見を擁護しなかった警察にも疑問が沸く。

話は戻るが、こうして俺は初めてホール内の映像を観ることになった。

被害額がデカく、勝手に交換した店側の過失もあるからなのか、拒まれることなく観せてくれた。

しかし、映像を観た俺は唖然としてしまったのだ。

録画されてるのはモノクロ映像。
しかもひどい低画質・・・。
これは男だと認識できる程度のゴミレベルで、顔などはとても確認できない代物だった。
換金している女も、帽子を被っていたためになおさらだ。

換金所のカメラも同じだった。
斜め上からの映像しかなく、顔など見えていない。


なぜなんだ・・・

指の先までも映し出せるというのは都市伝説なのか・・・

それとも不正行為の疑いがあるときだけハイスペックに切り替えられるのか・・・

どちらにせよ、これでは意味をなさない・・・

そういえば、以前観たゴトのニュース映像も画質が荒かった。
そしてたまにホールの入り口に貼ってあるゴト師の写真もとても画像が荒い・・・

なんなのだ・・・
これがパチンコ屋の防犯カメラか・・・
とんだ期待はずれだ・・・


俺は残念を通り越えてがっかりした。

でも怒りは収まらない。
俺は店長に弁償しろと詰め寄った。

人のお金を勝手に他人に渡したのだ。
当然だ。

するとまさかの「弁償はできない」の一点張り。

事件として警察に犯人を捕まえてもらい、犯人から返済してもらう。
それ以外は弁護士を挟んでからどうこうと言うのだ。

信じられなかった。
この事件はホールの過失ではないのか。
なぜ俺とホールが弁護士やら裁判やらの話になるのだ。
裁判するのは犯人だけでいいはずだ。

俺は被害届を出さずに家に帰った。
ぐだぐだと話し合い、その後あれこれ考えているうちに全てが面倒くさくなり、時間が無駄に思えてきたのだ。

所詮は賭博場で浮いた金。
まともには取り扱ってはくれないだろう。
そんな投げ槍な部分もあったかもしれない。

それに、犯人が捕まったとしても多分金は返ってこない。
道がそれた連中を相手にしても、逆恨みされるのが関の山だ。

ホールとの裁判も、時間と金がかかるだけで全額弁済にまではならないだろう。


もういい。
そのために動かなければならないことが面倒くさい。

8千円落としたと思って諦める。
そもそも、騙される方がアホなんだ。


俺は意外にも金のことはあっさり吹っ切れた。

なによりも、この事件に関してとても気にかかることがあったのだ。


あいつはなぜ、俺が一人で来てると知っていたのだろう・・・

北斗のシマにも周りのシマにも人はそこそこいたのだ。
ツレがいる可能性を考えないはずがない。
だったら簡単には交換できないはすだ。

ノリ打ちの可能性だってある。
ツッこまれたらそれまでだ。
その場で捕まる。

おかしい・・・
何か絶対的な確信がないとできない犯行だ。

可能性があるとすれば・・・

店員とグル。

あの日、唯一店員だけが俺が一人だということを知っていた。
店員がグルなら、女のステルス交換はスムーズに行われる。

だとしたら、店員と男と女。
3人ぐるみの計画だったのか・・・?

しかし、それぞれを結びつける証拠などない。

そしてあの男の流暢な物言い・・・
初犯とは思えない。

外に出たあの時、俺がすぐに戻ろうとしたらどうなっていたのだろう・・・

男にはそのシナリオもあったはずだ。
呼び止める術はなんだったのだろうか。
そんなところが気になる。

あいつは一体、何通りの筋書きを用意していたのだろう・・・



そしてあれから10年。
俺はたまに考える。

もしどこかであいつに会ったら、

「あの時もし俺が外に出なかったらどうしていたのか」

「外に出て、俺が1分で中に戻ろうとしたらどうしていたのか」

そして、

「店員はグルだったのか」

そんな答えを聞いてみたいと思っている。


この事件は、今も仲間同士での語り草になっていて、酒の席ではしばしば出る。

そして、

「人を見たら泥棒と思え」

このことわざは、決して大袈裟ではないということなのだ。



「犯罪者」−完−



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