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ゴーストスロッター 第77話



■ 第77話 ■

「な、名前・・・・?
  俺に勝負を吹っかけてきてるヤツの?」

「そう。
  夏目の前の彼女を盾に勝負しようとしてる、そいつの名前。」

「・・・・・・・・・・」

なんでそんなことを聞くのだろう、と一瞬考え込んだが、特に隠す理由もないので素直に答える
ことにした優司。

「鴻上、っていうんだけど・・・・・・」

「ッ!!」

その名を聞いた瞬間、目を見開き、軽く固まってしまう広瀬。
その様子を見て、広瀬が鴻上という男について何かしら知っているのだということがわかった。

「知ってるの!? 鴻上のこと!?」

「・・・・・・・・一応、名前は。」

「なんで!?!?」

「いや・・・・・
  前に、俺の知り合いの女の子二人から似たような話聞いたのを思い出してさ。
  似たような話って言っても、女を盾にしてスロ勝負、ってわけじゃないけどね。」

「・・・・・・・・・」

「二人とも借金背負わされてさ、危うく風俗送りになるところだったみたい。
  でも、二人ともなんとかハードなバイトシフトで乗り切ったみたいだけど。
  ・・・・・・・それにしても、まさか本当に同じヤツだとまでは思わなかったよ。」

「やっぱり、鴻上ってやつはそこまでするヤツなんだ・・・・・」

「・・・・・・・・」

「俺の前の彼女・・・・
  あの、飯島っていうんだけど、その飯島を盾にとられて、『お前がわざと勝負に負けなかったら、
  この女を風俗に落とす』って言われてるんだ。
  それで仕方なく・・・・・・・負け勝負をするしか・・・・・・・」

「なるほどね・・・・・」

この広瀬の言葉を最後に、二人とも黙ってうつむいてしまった。

無理もない。
決して、淀みなくできるような話ではないのだから。



しばらくの沈黙の後、重々しく優司が口を開いた。

「で・・・・・ 本当に悪いんだけど・・・・・
  引き受けてもらってもいいかな、広瀬君?」

「・・・・・・・それって、やっぱり絶対負けなきゃいけない勝負・・・なのかな?」

「え??」

「いや、その飯島って子の安全を考えるならそれが一番だけど、やっぱりなんか悔しいじゃん、
  そんなやつの思い通りになるなんて。」

「それは・・・・・」

散々自分も悩んできたことを、改めて広瀬から指摘され思わず口ごもった。

「もちろん・・・・・・・・ もちろん俺だってイヤだけどさ。
  あんなクズの言いなりになるなんて。
  でも・・・・ もうどうしようもないっていうか・・・・・ 」

「わかってる。
  俺も何の算段もなくこんなこと言ってるわけじゃないよ。」

「え?」

「さっき話しただろ?
  俺の知り合いにも、鴻上にひどい目に遭わされた子がいるって。」

「う、うん。」

「その子たちに現場に来てもらって、飯島って子に教えてあげるのはどうかな?」

「あ・・・・・・
  な、なるほどっ・・・・・! そうか!!」

途端に声のトーンが上がり、元気になっていく優司。
しかし、直後に再び表情が曇っていった。

「でも・・・・
  協力なんてしてくれるのかな、その子たち?
  もう鴻上なんかと会いたくないんじゃ・・・・」

「もちろんそれはあると思う。
  だけど、それ以上に鴻上が好き放題やってて、どんどん被害者を生んでることの方が許せないんじゃ
  ないかな。
  少なくとも、俺がこの前話を聞いた時はそんな感じだった。」

「・・・・・・・・・」

「もちろん、俺が勝手にあの子たちにそういう印象を持ってるだけで、実際に頼んでみたら断られる
  かもしれないけど。
  さすがに無理強いなんかはできないからさ。」

「うん、それはそうだよね。」

「まあ、とにかく今携帯で聞いてみるよ。
  まずは引き受けてくれるかどうかが大事だから。」

そう言って立ち上がり、ポケットから携帯を取り出しながら店の外へ出て行った。


**************************************************************************


広瀬が席を立ってから15分ほどが経過した頃。
ドキドキしながら待っている優司の下へ、広瀬が足早にやってきた。

そして、開口一番こう言った。

「オッケーだって!
  二人とも来てくれるってさ!」

「ほ、ほんとっ!?!? おお〜っ!!」

思わずハイタッチを求める優司。
広瀬も、勢いに流されてついハイタッチに応じた。

「これでもう俺は、わざと負けたりしなくていいんだ!
  良かったぁ・・・・ 本当に助かったっ!!」

狂喜する優司。

広瀬も、事がうまく進んだことでニコニコしていた。
しかし、段々と広瀬の顔から笑みが消えていき、そして重々しく口を開きだした。

「だけど・・・・・・」

「・・・・・・?」

「これで大丈夫なのか、って言われると、そうでもないんだよね。
  100%成功するからもうわざと負けたりしなくていい、とまでは言えないよ。」

「え・・・・?? な、なんで・・・・・??」

「現場にあの子たちを連れていっても、鴻上がすっとぼけ続けたらどうにもならないかもしれないからね。
  飯島って子がどっちを信じるかは微妙でしょ?」

「・・・・・・・・・・」

ここで優司は、飯島由香と二人で話していた時のことを思い出した。

確かに、わざわざ鴻上を遠ざけあえて二人きりになり、そこで鴻上の本性についてあれだけ真剣に
訴えたのに、飯島は全く優司の言うことを信じず、そのまま去っていってしまったのである。

あの様子から察するに、広瀬が恐れているようなことは充分に起こりうる。
それは、優司の中でも容易に想像ができた。

しかし、あえて「大丈夫!大丈夫!」と心の中で呟き、必死で大丈夫だと思い込もうとしていた。

そうしなければ、自分が勝負に勝ちにいくための大義名分がなくなってしまうから。
変に可能性が見えてしまったことで、勝負に対する欲が出始めていたのだ。

それだけ、優司がスロ勝負にかける情熱は異常なものだった。

「大丈夫だよ! イケるってっ!
  二人も被害者が来て、熱心に訴えかけてくれるわけでしょ?
  飯島だって、そこまですればいくらなんでも信じてくれるよ!」

「・・・・・・・・・」

「勝負は勝ちにいく。 もう決めたよ。」

「俺からけしかけちゃったんだし、そうして欲しいって思いもあるんだけど、ふと冷静に考えちゃってさ。
  俺、すごく余計なことをしたんじゃないかって・・・・・」

「そんなことないって!
  こんな手を打ってくれて、広瀬君には凄い感謝してるし!」

「・・・・・・・まあ、あんなヤツの言いなりになって夏目が負けるのは俺も悔しいしね。
  それなりの手も打ったわけだし、勝ちにいくのはいいのかもしれないけど・・・・・
  でも、今更こんなこと言うのもどうかと思うけど、やっぱり一番安全なのは夏目がわざと負けることだよ?
  これは間違いない。」

「そうだけど・・・・・
  でも、大丈夫だって!
  絶対成功する。 飯島だってきっと目を覚ましてくれる!」

「うん、まあ・・・・・
  そうか。 じゃあわかった。
  とりあえずこの作戦でいこう。
  コトがコトだし、俺も全面的に協力するよ。
  夏目は普通に勝負して、鴻上に勝つ。
  で、その後当然鴻上はゴネ出すだろうから、そこで女の子たちに出てきてもらって飯島って子に
  真実を明かす。
  ・・・・・・この流れでやってみようか。 」

「うん、それでいこう!」

「・・・・・・・うん、わかった。」

了解しつつ、どこか腑に落ちないといった感じの広瀬。

万全を期すならば、やはりわざと負けるに越したことはない。

しかし、その選択肢は既に優司の中から完全に消えてしまっている。

「(夏目・・・・・・・ ただ勝負にこだわりすぎてるだけなのかな?
  『ただ飯島を見捨ててしまう』という罪悪感を消せる何らかの理由があれば、それでいいって
  ことなのか?
  ただ見捨てては心が痛むし言い訳も出来ないけど、一応飯島を助けるための策を講じた、
  という名目があれば・・・・)」

こんな疑問が、広瀬の中で沸きあがってきた。

良かれと思ってやったことだが、予想以上に盛り上がっている優司を見て、どうにも素直に納得でき
なかった。

しかし、これは広瀬から提案したこと。
今更強く止めることもできない。

「さぁて、じゃあこれから明後日の勝負についてちょっと練らないと。
  俺が二人分の設定予想をしないといけないしね!
  俺の台と、あいつが座る台。
  でも、ジュピターはわりかし設定も読みやすいし、楽勝かな!」

「・・・・・・・・・・」

「じゃあ、本当に悪いんだけど、明後日はお願いします。
  埋め合わせはするから!」

「・・・・・・うん、わかった。
  明後日の朝にジュピターね。」

「いや、立ち会ってもらうだけだから、昼過ぎくらいに来てもらえれば充分だよ。」

「そっか、了解。」

「さぁて、じゃあそろそろ・・・・・・」

広瀬との話が終わり、優司が席を立ちかけた、その時だった。

   ブルルルルル・・・・・・

ポケットに入っていた携帯が振動していることに気付く優司。
携帯をとりだし、携帯のディスプレイに表示されている相手の名前を確認する。

すると、電話に出ることなくそのまま携帯をポケットにしまいこんだ。

その様子を見ていた広瀬がすぐに声をかける。

「あれ? 出ないの?
  俺に気にせず出ていいよ。」

「いや・・・・・ いいんだ。
  また後で掛け直すからさ。
  それじゃ、今日は本当にありがとう!
  広瀬君のおかげでいろいろ救われたよ! 本当にありがとう!!」

「いや・・・・・ あんまり気にしなくていいよ。」

そう言われ、テレたような笑いを浮かべる優司。

「広瀬君はこれからどうするの?」

「うん・・・・・ もうちょいここにいるよ。
  ちょっとのんびりしたくなってさ。」

「そうなんだ。
  わかった!
  それじゃ俺、ジュピターでいろいろ調べたいこともあるし、もう行くね!
  ・・・・・あ、もうこんな時間なんだ。
  そろそろパチ屋が開店しちゃう時間だね・・・・・
  ゴメン、長々と話し込んじゃって。
  広瀬君、今日も打ちに行く予定だったよね・・・・?」

「いや、今日は特に狙い台もなかったし、大丈夫だよ。
  気にしなくていいって。
  ほら、急がないとジュピター開店しちゃうよ? 」

「・・・・・・うん! ありがとう!
  本当にいろいろ助かりました!
  それじゃ、また明後日に!」

そう言って、高いテンションのまま喫茶店を後にした。

そんな優司の後姿を見ながら、物思いに耽る広瀬。

「(まあ・・・・・ ここまできたらなるようにしかならないか・・・・・
  絶対成功させないとな。 飯島って子のためにも。
  ・・・・・・・夏目はそのへんのことはどう考えてんだろ・・・・?
  もう勝負のことしか頭になさそうだけど・・・・・)」

複雑な思いを抱えながら、なんとなく外を眺めてから、大きなため息を一つついた。
 

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