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理と感情の間で [2017/9/8(金)]

彼と対峙する時、僕はいつも怖くて震えていた。

小刻みに震える右手を伸ばし、僕はサンドにお金を入れる。
幾度となく繰り返したその行為に僕が恐れを抱くのは、自分の決断の正しさに自信を持つ事ができないからだ。

結果はいつだって、過去自分が経験した「それ」とは異なる。

もし自分がイチローだったら、もし自分が松山英樹だったら……あるいは、同じ球を同じように打つ事ができて、いつも同じ結果を得る事ができるかもしれない。
彼らには、圧倒的な訓練と準備に裏打ちされた自信があろう。

だが、僕にはそれがない。
だから、いつも結果は違う。

僕はその事に恐れを抱くのだ。

 


<8月某日>
ある専業さんのホームを訪ねた時の事。
僕は、ぶっちぎってるゴージャグに出会った。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
●総回転数 : 3,210G
●BB回数 : 19
●REG回数 : 15
●ボーナス合算 : 1/94.4
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「これなら試してみる価値は……」

そう考えて台を確保した僕は、その事をこのホールの主に告げた。

「ここのジャグラーは中間設定が多いんで気を付けて下さい」

僕の言葉を聞くと、主はそう教えてくれた。

その後、続けて二、三、言葉を交わしたが、僕と会話している間も主が稼働の手を止める事はない。
彼もまた、イチローや松山英樹の同類なのであろう。

主との会話を終えて、僕は確保したゴージャグの前へと戻る。

財布から取り出した一万円をサンドに入れ、貸出ボタンを押そうとすると……
じゃらじゃらじゃらじゃら……
僕が貸出ボタンを押す前にコインが出てくる。
どうやら、一万円を入れると最初の千円分は勝手に出てくるタイプの貸出機のようだ。

僕は下皿に払い出された47枚のコインに祈りをこめてレバーを叩く。

「等価じゃないんで、最初はなるべく少ない投資で持ちコインを作りたいです。 お願いします!!」

僕がAT/ART機ではなくジャグラーを選択したのには、そんな想いもあった。

ぶっちぎった合算のジャグラー、少ない投資で持ちコインを作るには最も手堅い選択をしたはずの僕であったが、それでもなお100%の自信を持つ事ができないのは、過去にジャグの世界に巣食うエスパー達に幾度となく騙されてきたからだ。

現在130G。

特に高齢の打ち手には、独自の理論でハマりを察知し、それを回避する人智を超えた能力者が多い。
彼らは優秀台であっても抜群のタイミングで席を立ち、ハマり台であっても臆せず着席する。
そしてどういう訳か、彼らの離れた台はただただハマり、彼らの座った台がジャグ連するのだ……

僕はそんな事を考えながら、最初の47枚を消化した。
ブドウが揃ったのはわずかに3回……

「いや、ごちゃごちゃとやらない理由を考えていても仕方がない」

僕は貸出ボタンを押した。
そう、賽は投げられたのだから。

 


<順風満帆で迎えた最初のハマり>
最初にボーナスを引いたのが投資4k。
その後は追加投資を強いられる事もなく、僕は順調に出玉を増やしていった。

打ちはじめてからおよそ4時間。
チェリー重複も設定6を上回っているし、合算も未だに1/100を維持している。
ブドウがイマイチなのを除けば、なんの不安要素もない展開だった……
ここまでは……


時刻は21時を過ぎた頃。

直前に250回転でREGボーナスを引いた後、僕は再び200回転ハマっていた。
下皿にパンパンだったコインは壊滅し、僕は箱の中のコインを使うか否かを迷っていた。

「ここでヤメても1,500枚は浮いている……」

今になって「中間設定が多い」という主の言葉が頭をよぎり、僕は手を止めた。

「時間も時間だし、早めにヤメてデータを取るか」

そう考え、席を離れかけたその刹那、僕の中にもう一人の僕が現れ、問い掛ける。

「この台を打ち切らずして、何を打ち切るというんだ?」

先ほどまでの私を「感情」という言葉で表現するならば、もう一人の僕は「理」である。
「理」は「感情」に向けて、こう言い放った。

「時間も時間だし? いやいや、ノーマルタイプの高設定のヤメ時など、閉店時間をおいて他にありえないじゃないか」

「中間設定が多いと主が言っていた? 4時間前の君は、主の語った『根拠』よりも合算1/94.4という『挙動』に重きをおいて着席したはずだろう。 なのになぜ、『挙動』は未だに設定6を超えているこの台をヤメようとするんだ?」

彼の言う事の方が10倍正しかった。

さっきまでの僕はただただハマりを恐れ、せっかく手にした出玉を失うのを怖がっていただけで、その判断には何一つ合理的な理由を見出す事はできない。
ただ感情に流されただけのものだった。

ここで『根拠』を理由にヤメるのは一貫性のない場当たり的な判断で、『挙動』を理由に座った以上、『挙動』が設定6を否定しない限りは打ち切るべき。
それが正着だ。

僕はもう一人の僕の説得に応じて、続行を決断した。
僕は箱のコインを下皿にばらまき、レバーを叩き続けた。

そして、閉店を迎え……

 


<迷いの森のその先に待っていたのは>
その後はBIG間600ハマりもあり、閉店間際のジャンバリもありと、スランプグラフ的には山あり谷ありな内容で稼働を終えた。


データ


終わってみれば、判別ツールの値も上は間違いない数値を示しており、出玉を上積みする事ができた。

あの時の心の迷いはなんだったのだろうか?
あの感情を今一度振り返ってみる。

全ては、この台を打ち続けてコインを失う事に対する恐れが生み出した不合理な発想。
この時の僕が必死になって探していた「ヤメる理由」は、どれももっともらしく聞こえるだけで、イチローや松山英樹が決断を下す時のそれとは似て非なるものに違いない……
と、後からなら……結果を出してからなら、誰でもそう言える。

悩み、迷い苦しみ進むその道の先に待つのは天国か地獄か。
それは誰にも分からない。
ただ、今回その道の先で待っていたのはたまたま天国だったというだけである。

それでも、いや、だからこそ大切なのはあの時、僕を押し留めてくれたもう一人の僕の存在であり、彼の声に気が付けるかどうかなのだと僕は思う。

エスパーなんかに僕はなれない。
だからこそ、失敗と成功の経験の積み重ね、「理」に身を委ねる事の確からしさを学ばなければならないのだ。

「あの時、あの台をなんでヤメてしまったんだ……」
「なんで、あんな台に座っていつまでも打ち続けたんだ……」

そんな失敗を幾度となく繰り返してきた今までの僕がいる。
そうやって大人になっていく中で生まれたのがもう一人の僕だったのかもしれない。



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